私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ジョンのものまね芸人さん達

2008/07/04 17:25|ジョン・レノンTB:0CM:0
日本では1990年代に「ものまねブーム」というのがありましたね。
コロッケ、清水アキラ、栗田貫一、ビジーフォーがものまね四天王と呼ばれ、そのほかにも多くのものまね芸人さんが活躍していました。

彼らのようにいろんな人のものまねをする人のことを、英語では「impressionist」といいまして、以前ご紹介した Stevie Riskさんなんかがそうですね。

一方、ある特定の有名人だけのものまねをする人ことは「impersonator」といい、世界中に数多く存在する(おそらく数えきれない)ビートルズのカバー・バンドなんかはそれに相当するものが多いと思いますが、さすがビートルズほどメジャーになるとグループ4人ではなく、メンバーのソロのimpersonatorも沢山います。

今回はそんなビートルズのソロのimpersonatorをご紹介しようと思うんですが、ものまねの対象となっているのは圧倒的にジョンが多いんですよね〜。
そのカリスマ性もあるんでしょうが、やっぱり亡くなっているからでしょうかねえ。
もう見れないからこそ、ものまねで見たいと思うんでしょう。

そしてジョンのimpersonatorの特徴は、ほとんどがアメリカ人だということです。
アメリカ人がこういうエンターテイメントが好きだということもあるんでしょうが、ビートルズ解散後の1971年から亡くなるまでジョンはずっとアメリカに住んでいたので、アメリカでの人気が得に高いのかも知れません。


まずは小手調べにAlan Swofferさん。
イメージはOne To One Concertの時のジョンですね。
サビになると声にパンチが足りないかなあ。

Alan Swoffer as John Lennon


続いてはPhill Marshallさん。
前半のバラードは今一つですが、後半のロックはなかなかいいです。
ジョンにしては、ちょっと声がストレート過ぎますかね。

Phill Marshall as John Lennon


Grey Gibsonさん。
1曲目の「Imagine」はあまり似ていませんが、リッケンバッカーを弾きながら歌う2曲目はそっくりでビックリします。

Gary Gibson as John Lennon


あんまり似てないんですが、歌がうまいんですよ。
ものまねをやめて、オリジナルで勝負してもいいんじゃないでしょうか。

Bill Kropinak as John Lennon


Tom Raiderさん。
ホームページから出演依頼が出来ますよ〜(笑)
Imagining Lennon
バラード系は今一つなんですが、このRevolutionはとてもよく似ています。

Tom Raider as John Lennon


そして最後はMark Staycerさん。
この人はホントに似てますよ〜。
1968年頃のジョンのイメージですが、歌う声も話す声もそっくりで、遠くからみれば本物と見間違いそうです。

Mark Staycer as John Lennon


さすが世界レベルのものまねはハイレベルです。
好評でしたらimpersonatorシリーズを続けたいと思います。
お楽しみに?

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ジョン・レノン 息子として父親として

2008/04/21 15:56|ジョン・レノンTB:0CM:14
YouTubeのおかげで、一昔前ならまず見れなかった映像が見れたり、聴けなかった曲が聴けるようになりました。
今回ご紹介するレコードの存在も昔から知ってはいたんですが、いつか聴く機会が訪れるなんて、昔は想像もしていませんでした。
まずは曲からご紹介しましょう。
フレディ・レノン(Freddie Lennon)「ザッツ・マイ・ライフ(That’s My Life)」です。

That's My Life (My Love And My Home)


「レノン」の苗字からお察しのとおり、これはジョンの父親がリリースしたレコードなのです。
「えっ? ジョンのお父さんもミュージシャンだったの?」と思った方、違います。
このレコードはジョンビートルズで有名になってから、1966年にリリースされたもので、ジョンの心をひどく傷つけたレコードなのです。

ジョンの父・アルフレッド・レノン(Alfred Lennon)は外国船の船乗りで、ジョンが母・ジュリアのお腹の中にいる時に航海に出たまま行方知れずとなります。
1人でジョンを育てることができなかったジュリアは、生まれたばかりのジョンを連れて、姉であるミミ夫婦と同居を始めます。

そして5年後、アルフレッドは突然に姿を現したのですが、その時すでにジュリアには新しい恋人ができていたため2人の結婚生活は再開されず、両親のどちらかを選ぶように迫られたジョンは母・ジュリアを選びました。そしてアルフレッドは再びジュリアジョンの前から姿を消しました。
母を選んだジョンだったのですが、母ジュリアは新しい恋人との生活のために、その後すぐにミミの家を出て行ってしまいます。

ミミの家から遊びに行ける距離ではありましたが、ジョンを置いてジュリアが出て行ってしまったため、その後もジョンミミの家で居候としてくらします。ミミ伯母さんが母親代わりに、ミミの夫であるジョージ伯父さんが父親代わりになってくれましたが、ジョンが13歳の時にジョージは亡くなってしまいます。
実の父であるアルフレッドとは音信不通のままでした。
Mimi John

そんな父・アルフレッドジョンの前に再び姿を現したのは、映画「ビートルズがやってくる ヤア!ヤア!ヤア!」撮影中のことです。
1964年4月1日、およそ19年振りに再会した時の2人の様子を伝える記事は見当たりません。
ただ、ジョンはこの再会を快く思っていなかったようで、2人きりで会うことはせず、再会の場にはリンゴとジョージも同席していたそうです。
それまで音信不通だった父親が、子供が有名人になってから突然に名乗り出てきたのですから、何か裏があるのではないかとジョンならずとも警戒するのが当たり前かも知れませんね。
また同席したのがマネージャーのブライアン・エプスタインではなく、リンゴとジョージだったところに、当時のFab4の絆の強さを感じます。
Freddie_Lennon_in_kitchen.jpg

この再会でジョンアルフレッドに金銭的な援助を約束したそうですが、その後に積極的に会うことがなかったことからも、やはり親子の再会は冷え切ったものであったと思われます。

アルフレッド・レノンはその後アメリカに渡り、息子であるジョン・レノンが自分に冷たい仕打ちをしていると次第に訴えるようになります。
おそらくお金のためだったのでしょう。
その一環として1966年にアルフレッド・レノンがアメリカでリリースしたレコードが、この「ザッツ・マイ・ライフ」なのです。
Thats My Life

幸いにというか、当然というか、このレコードは全米ヒット・チャートにランク・インしませんでした。
このレコードがヒットしなかったことを、ジョンはとても喜んでいたそうです。
しかし、この父・アルフレッドとの係わり合いは、確実にジョンの心を傷つけたことでしょう。

そんなジョン自身も、ビートルズで多忙だったせいもあり、自分の息子・ジュリアンには父親らしいことを出来ないままに別れてしまいます。

1970年発表の「マザー(Mother)」の中で、ジョン「子供たちよ、自分のようになってはいけない。(Children, Don't Do What I have Done)」と歌い、「お母さん、行かないで。お父さん、帰って来て。(Mama, Don’t Go. Daddy, Come Home)」と叫びます。
ジョンは両親に傍にいて欲しかったのです。
また、父親としての自分自身を懺悔する気持ちもあったのではないでしょうか。

John Lennon – Mother


1975年、ヨーコとの間に息子ショーンが生まれたジョンは音楽活動を休止し、ショーンの傍にいることを選びます。
ジュリアンの時と同じ後悔をしたくなかったのでしょう。

しかし1980年。
息子を残して、ジョンはこの世を去りました。
ジョンアルフレッドと別れた時と同じく、息子・ショーンは5歳でした。

ジョンの人格形成に母親の愛を求める気持ちが大きく係わっていることは、よく語られます。
しかしその一方で、ジョン・レノンは父親の愛にも飢え、父子の関係に苦しんだ人でもあったのです。

ジュリアンショーンがよい父親となり、幸せな家庭を築くことを祈ります。

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ジョンが歌うGet Back

2008/02/25 14:50|ジョン・レノンTB:0CM:16
前回のエントリーでジョンリンゴに提供した曲の特集をしたんですが、その時にジョンが歌っているバージョンも一緒にご紹介したところ、同じ曲でも歌い手が違うと全く別の曲のような印象になるというコメントをいただきました。

リンゴが歌うとトボケた味の歌も、ジョンが歌うと確かにシニカルで鋭い印象に変わりますね。
ボーカルの個性が曲に与える影響というものをあらためて感じました。

ビートルズのメイン・ボーカリストといえばもちろんジョン・レノンとポール・マッカートニーなんですが、ジョンポールの歌唱を、ポールジョンの歌唱をどう思っていたのかについては、その手の発言は私の記憶にありません。ただ興味深いエピソードとして、アルバム「ABBEY ROAD」収録のポールが歌っている「Oh Darling !」について、「自分ならもっとうまく歌えたと思う」とビートルズ解散後にジョンが発言したというエピソードがあります。

The Beatles – Oh Darling !


Oh Darling !」のボーカルは26テイク録音されているのですが、荒削りな声にするために、ポールは喉の調子がまだこなれていない仕事始めに1日に1回しか歌わず、それを毎日繰り返して録音したという、ポールこだわりのボーカルです。
ポールは“売れない歌手が場末の酒場で歌っているようなボーカル”をイメージしていたんだそうです。

私もこの情熱的で表現力豊かなボーカルはポールならではだと思っていますので、ジョンの発言を初めて聞いた時にはとても意外に思いました。
ジョンはこの曲を、どんな風に歌いたかったのでしょうか。
Yer Blues」のようなブルース調にしてみたかったのかなと私は思います。

さてビートルズ時代に、ジョンポールがお互いの曲でリード・ボーカルを完全に交換したことはないのですが、ソロ・コンサートの中では、ポールジョンの曲を歌ったことがあります。
1990年リヴァプールでのコンサートで、ポールはメドレーで「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー〜ヘルプ〜平和を我等に」とジョンの曲を歌ったのです。
この様子はシングルCD「オール・マイ・トライアルズ」のカップリングとして収録されていますが、個人的な印象では、ジョンの個性の強いボーカルに耳が馴染んでいると、このメドレーでのポールの素直な声はやや物足りなく感じます。
オール・マイ・トライアルズ+2 [Maxi]

いっぽうジョンが歌ったポールの曲というのは、私の記憶では公式にはないと思うんですが、1969年1月の「Get Back Session」でジョンが「Get Back」を歌っている動画がYouTubeにありました。
聴き比べるために、ポールのボーカルと並べてご紹介します。

Get Back (Paul McCartney on Vocal)


Get Back (John Lennon on Vocal)


ジョンもなかなかの熱唱で、演奏もオリジナルよりテンポが速く、ハードな感じです。
こうして同じ曲でジョンポールのボーカルを聴き比べてみると、ジョンのほうがポールよりもワイルドで、ロックのうねりのようなものを生み出していると感じます。
ジョンは地の声がロックなんだなあと、あらためて思いました。

ただし「Get Back」のボーカルについては、ポールの高音で艶のあるボーカルが私は好きで、やはりポールに軍配を上げますかね。
皆さんは、どちらがお好みでしょうか。

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ジョンのサイン本と髪の毛 551万円で落札

2007/12/17 13:29|ジョン・レノンTB:0CM:6
12月13日にエントリーをあげていたジョンの直筆サイン本+髪の毛の競売ですが、
2万4000ポンド(約551万円)で落札されたそうです。

ジョン・レノンの「髪の毛」、551万円で落札

ロンドン(AP) 故ジョン・レノンの髪の毛が12日、英国で競売にかけられ、2万4000ポンド(約551万円)で落札された。落札者は電話で入札額を連絡しており、詳細は不明。
出品したのは、ジョン・レノンの担当美容師ベティ・グラソーさん。長年にわたって保管していたが、たんすの肥やしにするよりも、ファンの手元にある方が良いだろうと考え、出品を決めたという。
髪の毛は、ジョン・レノンが自著「A Spaniard in the Works」をグラソーさんに贈る際にはさんだもので、本には「ベティへ、愛と髪をこめて。ジョン・レノン」と記してある。髪は本と一緒に出品された。
競売会社の担当者によると、グラソーさんは映画「ビートルズがやって来る/ヤァ!ヤァ!ヤァ!」と「HELP!四人はアイドル」などで、ビートルズのヘアを担当していた。
競売ではこのほか、ビートルズの4人が写ったサイン入りの写真や、1965年のクリスマス・コンサートのプログラムとチケットなども出品された。
ジョージ・ハリソンが「ジョージ・“ダンドルフ”・ハリスン」とサインしたビートルズの写真には、6500ポンドの値が付いた。

CNN.co.jp

現物の画像も見つけましたよ!
これです!
johns hair  book

何度もいいますが、競売にかけられたのはジョンの髪の毛だけでなく、直筆サイン本と髪の毛のセットです(笑)
私はブログの中でサイン本だけで200万円以上の価値があるはずといってましたが、髪の毛とセットでここまで値が上がるとは思いませんでした。

しかし競売前の、
>落札予想価格は6200ドル(約70万円)
はおかしいですよね、ホント。
なんでこんな予想価格になってたんでしょうか。

ちなみにジョージのサインの6500ポンドは、日本円で150万円くらいですね。
ブログで紹介したハガキが103万円だったので、妥当なところですね(ビートルズの写真にサイン、というところで少し高いのかな)。

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ジョンの髪の毛 ビートルズのサインの値段

2007/12/13 17:01|ジョン・レノンTB:0CM:10
ジョンの髪の毛が競売にかけられるというニュースです。

まずは記事をどうぞ↓
ジョン・レノンの「髪の毛」が競売に、美容師が長年保管

いや〜、本物なんでしょうか?
DNA鑑定なんか、当然やってないでしょうし。
もう美容師さんの申告を信じるしかないですね^_^
写真がないので、果たしてどれくらいの長さの髪の毛が何本くらいあるのかも不明です。

>「ベティへ、愛と髪をこめて。ジョン・レノン」

これなんか、確かにジョンが書きそうな文句です。

ただ、本物かどうか、ちょっと気になるところがあります。

>落札予想価格は6200ドル(約70万円)

みなさん、ビートルズのサインが今どれくらいの値段するか、知ってますか?
これから紹介するサインは、公式ファン・クラブのショップの出品ですので、本物と考えていいと思います。

参考に、まずこれ。
1963年の4人のサインです。
紙の大きさは18cm×12cm
4人のサイン

値段は、130万円です。

ビートルズのサインとしては、これでも安い方なんです。
何かの書類の切れ端みたいな紙の裏に走り書きしてあって、見ての通り染みとかあって保存状態がよくないですから。

では、次。
ジョージが書いたハガキです。

大きさは15cm×10cm
ジョージの手書きハガキ

これは保存状態がいいし、ハガキなので割と丁寧に書かれています。
「ハガキ」という点も希少価値があると思います。
さて、お値段。

105万円です。

ビートルズの直筆サインって、これくらいの値段がするんです。

今回の出品をもう一度

>髪の毛が本にはさんであり、「ベティへ、愛と髪をこめて。ジョン・レノン」と記してあった
>髪の毛は、はさんであった本と一緒に出品される

出品されるのは髪の毛だけじゃないんです。
出品されるのはジョンの直筆サイン本なんですよ。それに髪の毛が付いてくるんです。
ジョージのハガキ1枚が105万円するんですよ。
ジョンの直筆サイン本なら、200万円以上の価値があるはずです。

落札予想価格は6200ドル(約70万円)

これって、安すぎるんですよねー。

出品者、あるいは競売会社の自信のなさみたいなのを感じてしまうんですが、考え過ぎでしょうか?

いずれにしても、落札結果が楽しみです(*^_^*)

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ヨーコさん、演出過剰ではないですか?

2007/12/10 16:56|ジョン・レノンTB:0CM:4
12月8日ジョンの命日にあたる日に映画「PEACE BED アメリカvsジョン・レノン」が日本で公開されました。
アメリカでは今年9月に公開されています。

PEACE BED アメリカvsジョン・レノン

私はまだ観ていないので内容については語れませんが、ジョンの反戦活動・反アメリカ政府活動に関するドキュメントとのことです。
動くジョンが映画館の大画面で観れるだけでもうれしいのですが、ジョンに対する私なりの新たな認識が生まれるかも知れないと、その衝撃を楽しみにしています。

もう観た方がいらっしゃったら、ぜひ感想を教えてください。
ヨーコ映画キャンペーン


ところで、この公開にあわせてかどうかは知りませんが、12月8日にヨーコさんから日本のファンへ、次のようなメッセージが発信されています。


             27年目の12月8日を迎えるにあたって…

 ジョン、あなたが恋しい。今でも、時計の針を1980年の夏にまで戻すことができれば、どんなにいいかと思うの。みんな覚えています。一緒に朝のコーヒーを飲んだこと。すばらしい天気のなかで公園を一緒に歩いたこと。あなたが私の手を握って、「僕らの人生はうまくいっているんだから心配するな」と私を安心させてくれたこと。

あのときは、もういちど抱きしめて「愛しています」と言う機会もなく、突然あなたを失うという深い苦しみを知るなんて、夢にも思っていませんでした。その突然の喪失の痛みとショックは、今でも毎日、常に感じています。1980年12月8日の夜、ベッドのあなたが寝る側を触ったとき、そこはまだ温かいことに気づき、はっとしました。その記憶は、27年経った今でも私を苛《さいな》ませて、忘れることができないのです。

一番辛いのは、ビューティフル・ボーイとジョンが歌った息子ショーンの、お父さんを取られてだまって怒っている顔を見ることです。このような話は、私たちだけではないのです。無意味な暴力や戦争の被害者になって、耐えられないような苦しみを胸に秘めて暮らしている家族が今どれだけいるでしょうか。このような世界は、絶対にすぐ変えなければなりません。この人たちの死を無駄にしないで、恐怖と怒りに満ちた今の世界を、愛と喜びの世界に変えるように努力しましょう。

ジョンの命日であるこの日は、段々と世界の多くの人々にとって大事な日になってきました。ジョンの愛と平和のメッセージを胸に抱えて、ひとり一人の人が、私たちの愛する地球の健康を取り戻そうと、精一杯の努力をしています。その努力をすることによって私たちは団結したファミリーになっているのです。

毎日、平和を考え、平和を行ない、平和を広めましょう。ジョンは生涯をかけてそのために努力をしたのです。「問題などない、あるのは解決だけだ」と彼は言いました。私たちファミリーが、平和な世界を作ること。それは、やらなければならないのです。そして、やれるのです。だからがんばって、一緒にやりましょう。
 
2007年12月8日
愛しています…
ヨーコ・オノ・レノン



そうですね。
ジョンの死に最も辛い思いをしているのは、他ならぬヨーコさんと息子さんであるショーンさんですね。
このメッセージを読んで、ジョン・レノンは私たちのジョンである前に、ヨーコさんの夫でありショーンさんの父であり、レノン家の家族の一員だったんだなと改めて思いました。
家族を突然に失った悲しみは、ファンである私たちの想像の及ばない苦しみだったと思います。

ただ、一つだけ気になるところがありました。

1980年12月8日の夜、ベッドのあなたが寝る側を触ったとき、そこはまだ温かいことに気づき、はっとしました

12月8日、ジョンはレコーディング・スタジオからの帰宅途中、ダコタ・ハウスの前で撃たれて病院へ運ばれ、そのまま亡くなったはずです。
12月8日の夜、ジョンはベッドで寝ていないはずです。
「そこはまだ温かいことに気づき」とはどういうことでしょう?

私の勘違いであればすみませんが、この部分はジョンの死をドラマチックに伝えようとするヨーコさんの創作エピソードだと思います。
悪い言葉でいえば、私たちファンに対する欺瞞です。

ヨーコさんは以前から演出過剰なところがあると私は感じています。
ジョンが亡くなって半年後に自身が発表したアルバムのジャケットに、血糊のついたジョンの眼鏡の写真を使った時なども、それはやり過ぎではないかと思いました。

オノ・ヨ−コseason of glass

今回の発言も同様の「やり過ぎ感」を感じる私です。

恐怖と怒りに満ちた今の世界を、愛と喜びの世界に変えよう」というメッセージの趣旨は素晴らしいです。
私も賛同します。

ただちょっと、ベッドの温もりのエピソードには、違和感を覚えました。

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ジョンがエルトン・ジョンのコンサートにゲスト出演

2007/11/29 09:14|ジョン・レノンTB:0CM:0


エントリーが1日遅れてしまいましたが、1974年11月28日ジョンはニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで開かれたエルトン・ジョンのコンサートにサプライズ・ゲストとして出演し、数年ぶりに聴衆の前で歌いました。

elton_and_john 2

ソロになってしばらくしてからヒット曲を連発したポールと異なり、ソロになってからのジョンはヒット・チャートでは芳しい成績を上げていませんでしたが、1974年にエルトン・ジョンと「Whatever gets you through the night(邦題:真夜中を突っ走れ)」という曲を共作し、その際に「この曲が1位になったら、エルトンのコンサートにゲスト参加する」と約束したところ、この曲がめでたくソロになってから初の全米No.1ヒットになったため、1974年11月28日のエルトン・ジョンのコンサートに飛び入りし、ダブル・ジョンでデュエットとなったわけですね。

この曲のヒットには、このジョンエルトン・ジョンとの約束も関係してたんでしょうかねえ。
当時のリアル・タイムな思い出がないので、私にはわかりません。

elton john lennon

このコンサートは昔LPレコードで発売されていていたんですが、ジョンは「Whatever gets you through the night」しか歌ってないし、またいつでも買えると思っていたので、買わずにいたんですよ。
そしたらレコードからCDへと移行していく間に廃盤になってしまって、結局私は持ってないんですよね〜。

今では貴重な音源ですね。
ステージに登場したジョンがギターの音合わせでさりげなく「I Feel Fine」のリフを弾くところも聴きどころです。

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Whatever gets you through the night - Elton John Lennon



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ジョンの眼鏡

2007/11/21 09:26|ジョン・レノンTB:0CM:2
ビートルズ眼鏡といえば、ジョンですね。

ジョンはデビュー前から近視が強くて黒縁の近視用眼鏡を持っていましたが、本人は眼鏡が好きではなかったらしく、仕事の時はもちろん、普段の生活でも極力かけないようにしていたようです。
そのためジョンが黒縁眼鏡をかけている写真はあまり残っていません。
レコーディングの時の写真が少しあるくらいでしょうか。

john黒縁メガネ

しかし1967年に「How I Won The War」という映画で眼鏡をかけた兵士の役を演じて以来、ジョンは突然に人前でも眼鏡をかけるようになりました。
その後は以前とは反対に、眼鏡をかけていないジョンの姿が珍しくなって、眼鏡ジョンのトレードマークとなったのでした。

How I won the war

この心境の変化はなんだったんでしょうね。
映画の撮影中にずっとかけていたので、ひと前で眼鏡をかけることに慣れちゃったんでしょうか。

john丸メガネ

時期的には「Revolver」から「Sgt. Pepper’s〜」へと移る時期。
音楽性を追求していくうちに、ルックスが気にならなくなってきたのかもしれません。
アイドルからアーティストへの意識の変化の表れでしょうね。

ちなみにあの金縁の丸メガネは、イギリス政府の医療保険で支給される無料眼鏡です。
ジョンにしては珍しい節約ぶりです。
(単にデザインが気に入ったのかな?)

john丸メガネのみ


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