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ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ポールがライブ活動の終了を告げた

2021/02/20 16:30|ポール・マッカートニーTB:0CM:8
ネットニュースなんかでもほとんど取り上げられてないんですが、先日とても重大な報道がありました。

ポールライブ活動休止2
(@BeatleludeさんのTwitterより)

BBCのインタビューで、ポールが「ライブ活動はもうできないと考えている」と表明したのです。

新型コロナの世界的流行を理由にあげています。

現在ポールは78歳。

新型コロナが終息するのにあと1~2年かかるとして、それからツアーを企画して実際にライブを行う頃にはポールは80歳を超えています。

70代で「OUT THERE TOUR」「ONE ON ONE TOUR」「FRESHE UP TOUR」と世界ツアーを3回も行ったポールですが、いつできるかわからないライブを80代で考えるのは、さすがに無理だな思ったんでしょうね。

ファンとしては寂しい限りですが、キャリアの終わりはいつか来ることで、それが偶然に新型コロナの流行と重なったということなんでしょう。

振り返ると、ポールはずっと音楽の人でした。

ジョンもジョージもリンゴも人生の半ばで音楽から離れて、ミュージシャンとしての活動をしていない時期がありましたが、ポールはずっと途切れることなく音楽活動を続けてきました。

特にジョンが亡くなってからジョージが「Cloud Nine」をリリースするまでの80年代の大半において、音楽活動をしていたのはポールだけでした。

すでに解散しているビートルズのファンがリアルタイムなファンの気分でいられたのは、ひとえにポールのおかげだと思います。

そのポールもウイングス解散後の1980年からライブ活動をしなくなったので、「ビートルズのメンバーを生で見る機会なんて一生ないだろうな」と当時の私は思っていました。そんなことは夢か奇跡だと思っていました。

ところがポールは1989年に「GET BACK TOUR」でライブ活動を再開し、1990年には日本にもやってきました。

ポールに触発されたのかどうかわかりませんが、前後してリンゴとジョージもライブ活動を再開して、2人とも日本公演をしてくれました。

特にポールはライブでビートルズの曲を多数披露して、ビートルズファンを楽しませてくれました。

ビートルズが解散して、ジョンがいなくなり、ジョージがいなくなっても、ポールがずっと生のビートルズをファンに見せてくれていたのです。

そのポールがライブ活動を終えるにあたり、今は感謝の言葉しかありません。

このブログは日本語なので、ポールが読むことはないでしょうけど(笑)

ポールのおかげで夢のような体験をすることができました。

素晴らしいライブで楽しませてくれてありがとう。

そしてこれからもどうか健康で、素敵な音楽を私達に聴かせてください。

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2018年、今年もポールが来日公演!

2018/08/09 09:50|ポール・マッカートニーTB:0CM:7
2018年 ポールの来日公演が発表されました!
2018_pm_.jpg

東京公演
2018年10月31日(水) 11月1日(木)
開場 16:00 開演 18:30

名古屋公演
2018年11月8日(木)
開場 16:00 開演 18:30

おめでとう! と、ひとまず喜んでから、思ったことを書きたいと思います。


せっかく日本に来るのに2都市3公演だけ?

というのが最初に思ったことです。

2013年以降のポールの来日公演の日程を振り返ると、

2013年
11/11(月)京セラドーム ※追加公演
11/12(火)京セラドーム
11/15(金)ヤフオク!ドーム 
11/18(月)東京ドーム 
11/19(火)東京ドーム 
11/21(木)東京ドーム

2014年
5/17(土) 国立競技場 ※中止
5/18(日) 国立競技場 ※中止
5/19(月) 国立競技場 ※振替・中止  
5/21(水) 日本武道館 ※追加公演・中止
5/24(土) ヤンマースタジアム長居 ※中止

2015年
4/21(火)京セラドーム 
4/23(木)東京ドーム
4/25(土)東京ドーム
4/27(月)東京ドーム
4/28(火)日本武道館 ※追加公演

2017年
4/25(火) 日本武道館 ※追加公演
4/27(木) 東京ドーム
4/29(土) 東京ドーム
4/30(日) 東京ドーム

と、だんだん公演数が減ってるんですよね。

年齢が上がったことによる体力的なこともあると思いますが、チケットの売れ行きも少しずつ下がってるんじゃないでしょうか。

2013年は11年ぶりのサプライズ来日で、また年齢的に最後の日本公演かも知れないという気持ちからチケットを入手するのが困難だったんですけど、その後はそういうことはなくなりましたもんね。

毎年のように来日するので希少感が薄れたのもあるでしょうけど、セットリストが毎回ほとんど変わらないというのが大きな原因だと思います。観に行っても前回と同じ内容だよとなると、観たい気持ちが下がるのは当然です。

それに会場がドームばかりなのも残念ですよね。

一部の座席を除いて、ドームの座席の大半は本当にステージが遠いです。私は2013年と2015年の公演を京セラドームのスタンド席から観ましたが、ポールの姿は大げさでなく豆粒大でした。

それに加えて料金設定の不誠実さ。

2013年の公演の時からずっと、アリーナの前の方の席でもスタンドの一番遠い席でも同じS席扱いで同じ料金。もちろん希望座席の指定はできません。

さらに料金は高額で、今回のチケット代はS席 18,500円と昨年より500円アップ。2013年からは2000円値上げされています。

パフォーマンスを行うポール側も、興行を仕切る主催者側も、もっと真摯にファンのニーズを考えてほしいと切に願います。


とはいえポールの日本公演。

気にならないわけがありません。

一番気になるのは11月1日の2回目の東京公演から8日の名古屋公演までに、7日間も空いていることです。

今までの来日公演の日程をみると、公演の間は2日までしか空いてないんですよね。

おそらく追加公演を予定しているのではないでしょうか。

大阪か、福岡か、札幌か、それとも他の都市なのか。追加発表が待たれます。

チケット代10万円の武道館はもうやめてほしいですけどね(苦笑)
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ポールの新曲を聴いて思ったこと

2018/06/25 15:20|ポール・マッカートニーTB:0CM:2
9月7日にポールの5年ぶりの新作アルバムがリリースされることになり、それに先立って両A面シングル扱いの2曲が公表されました。

エジプト・ステーション デラックス/完全生産限定盤 / ポール・マッカートニー 9月7日発売

最高のロック・レジェンド ポール・マッカートニー 5年ぶりのニュー・アルバムを9月7日リリース! ザ・ビートルズ × 現代的なサウンドともいうべき強力作! ポール自身が描いた絵とタイトルを共にする「エジプト・ステーション」は、2013年にリリースされ世界のチャートを制覇したアルバム「NEW」以来、古巣とも言えるキャピトル・レコーズへの移籍後第1弾となる新曲によるフル・アルバム。

アルバムに先立ち6月21日に両A面の先行シングル「アイ・ドント・ノウ」「カム・オン・トゥ・ミー」がリリースされました。「アイ・ドント・ノウ」は美しいピアノのイントロで始まるポールにしか作れないであろう、哀愁のドラマティックなミディアム/バラード・チューン、「カム・オン・トゥ・ミー」はライヴで絶対に盛り上がるであろう、胸の高鳴るキャッチーなロック・チューン。いずれもビートルズ、ウイングスを彷彿させるポールらしさに現代的なサウンドがバランス良くミックスされており、アルバムの完成度の高さを予感させます。

アルバムのレコーディングは、LA、ロンドン、サセックスで行われ、1曲(※)を除きグレッグ・カースティン(アデル、ベック、フー・ファイターズ)がプロデュース。(※ ワンリパブリックのライアン・テダー) 「エジプト・ステーション」というタイトルの発想に正しく、アルバムの曲は独特なトラベローグ(紀行映画)のような雰囲気を持ち、アルバムの最初と最後のインストゥルメンタル「ステーションI」と「ステーションII」の間、ポールはその場所や時をとらえ、リスナーをスムーズに次の行先に運びます。


そして先行リリースのシングルがこの2曲です。




聴いた感想としてまず思ったのは、ポール老けたなあ、でした。

声がですね。

近年のライブでは確かにこんな声でしたけど、5年前のアルバム「NEW」ではここまでしわがれておらず、もっとツヤがあったんじゃないでしょうか。

もしかしたら声をわざと加工せず、ありのままの今のポールを聴かせようと思ったのかもしれませんね。


さて楽曲なんですけど、皆さんはどう感じたでしょうか?

私の感想としては、正直、これがシングル曲? でした。

「アイ・ドント・ノウ」は「美しいピアノのイントロで始まるポールにしか作れないであろう、哀愁のドラマティックなミディアム/バラード・チューン」ですかね?

そこまで情感に溢れたバラードだとは私は感じませんでした。

「カム・オン・トゥ・ミー」はライヴで絶対に盛り上がるであろう、胸の高鳴るキャッチーなロック・チューンでしょうか。

ライブで演奏すれば盛り上がるかも知れませんけど、是非ともライブで演奏してほしい曲だとは思いませんでした。

2曲ともアルバムの中の曲という趣きで、シングルカットされるほどオリジナリティがあってキャッチーな曲だとは思えないんですよね。

「これがシングルなの? ポール!」

私の心の声です。


現役の第一線のロック・ミュージシャンであることを諦めて、作品がリリースされるだけでありがたいレジェンド・ミュージシャンであることを、ポール自身が認めてしまった。

この2曲を聴いて私はそんな感想を抱いて寂しい気持ちになりました。

アルバムを全曲聴いたら違った感想を持つのかも知れないので、今決めつけることではないですけどね。

アルバムを通して聴いたら「ポール、見当違いなこと言ってごめんなさい。参りました!」とうなってしまうような、そんないい意味で期待外れなアルバムであることを願っています。
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これからのポールのコンサートに望むもの

2017/05/23 10:10|ポール・マッカートニーTB:0CM:8
とても久しぶりの更新になりました。最近は月に1回のペースで更新してたんですけど、今回は2ヶ月ぶりです。

忙しくてブログを書く時間が取れなかったというわけではなく、あまり書きたいと思うことがなかったというのが理由です。

4月にポールが来日公演してるのに、書きたいことがなかったってどういうこと?

と思わるかもしれませんが、今回は私は観に行ってませんので。

でも自分が行かなかったから書きたいと思わなかったのではなくて、2013年から2年毎に来日して(うれしいことですけど)、ツアータイトルは変わってもセットリストもステージ上の演出も概ね同じなので、あらためて書きたいことがなかったわけです。


私がビートルズのファンになったのは1980年代前半で、その頃のポールは今では低迷期と称される時期でした。

アルバム「Tug of War」の未収録作品集のような「Pipes of Peace」をリリース後、映画「Give My Regard to Broad Street」が不評、さらにアルバム「Press to Play」が大不評と、私がビートルズとポールの過去の作品に熱を入れていく一方で現役のポールは落ち目だったんですよね。

(ちなみにジョンはすでに亡くなっていて、ジョージとリンゴは音楽活動無期限休止で、ビートルズそのものが今より現役感に乏しかったです)

そんな時期を経て、1989年リリースのアルバム「Flowers in the Dirt」でポールは第一線の現役ミュージシャンとして復活し、同時に開始した「Get Back Tour」でそれまでステージではほとんど演奏していなかったビートルズの曲を解禁。セットリストの半分以上でビートルズの曲を披露しました。

「Get Back Tour」での来日公演は今回と同じく東京ドームのみでしか行われなかったんですけど、ホテルをとって新幹線に乗って観に行きました。生でポールが見れるなんて奇跡だと思いましたね。

ポールがビートルズの曲をたくさん演奏してくれたのは とてもうれしかったです。ビートルズの曲を生で聴ける。これも奇跡のような
ことでした。

「Hey Jude」をポールと一緒に合唱したり、「Abbey Road Medley」を生で聴けるなんて、本当に感激でした。

ビートルズの曲のほとんどの著作権が自分になく、ステージで自分が作ったビートルズの曲を演奏する度に楽曲使用料を他人に支払わなければならないポールにとって、ビートルズの曲をステージで演奏することには経済的、心理的な抵抗が大きかっただろうと思うんですが、ファンが喜んでくれるのならと、ステージでのビートルズの曲の解禁に踏み切ったんでしょう。


そして、あれから30年近くが経ちました。

もういいんじゃないでしょうか。ビートルズの曲をそんなにたくさん演奏しなくても。

どの回にもポールのコンサートに初めて来たという観客はいますし、その方たちはやっぱりビートルズの曲を聴きたいだろうとは思いますけど、私はソロになってからの曲をもっとセットリストに入れてほしいです。

いつも同じ曲、同じ演出で盛り上がって、ポールのステージが“お約束”とか“古典芸能”などと一部で書かれているのを目にすると、寂しいような悲しい気持ちになるんです。

聞くところでは、ボブ・ディランはツアーのたびに多くの曲のアレンジを変更していて、歌いだすまでなんの曲か観客がわからないこともよくあるそうです。常に新しいことをやりたいという現役としての気持ちの表れでしょうし、観客にも新鮮な楽しみがあっていいなと思います。

無理にアレンジを変えてほしいとは思いませんけど、楽曲の多さ、引き出しの多さではポールはロック界随一なんですから、毎回 違った魅力をファンに見せてほしいです。

ポールが現役のミュージシャンとして活動できる時間はいつまでも続きません。あと数年かも知れませんし、もっと少ないかも知れません。

だからこそ、ビートルズ以外のポールの魅力を余すことなく私たちに味わわせてほしいのです。

コンサートの最後の曲が「The End」じゃなくてもいいじゃないですか。

ポールのそんなコンサートが観たいです。
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ビートルズの著作権はポールに戻るのか?

2017/01/19 14:55|ポール・マッカートニーTB:0CM:2
こんなニュースが伝わってきました。

ポール・マッカートニー、楽曲の著作権求めソニー/ATVを提訴
2017年 01月 19日

[18日 ロイター] - 元ビートルズのメンバー、英歌手ポール・マッカートニーさんは18日、ビートルズ時代の楽曲の著作権返還を求めて、世界最大の音楽出版会社ソニー/ATVミュージックパブリッシングをニューヨークの連邦裁判所に提訴した。

マッカートニーさんは2008年10月に、「アクロス・ザ・ユニバース」や「ラヴ・ミー・ドゥ」、「抱きしめたい」などのビートルズの数多くのヒット曲に対する著作権を主張するとソニー/ATVに通知し、法的手続きを開始した。

ソニー(6758.T)傘下のソニー/ATVは現在、マッカートニーさんと故ジョン・レノンさんが1962年9月から1971年6月の間に共同で作曲した楽曲の著作権を保有。1978年以前に書かれた楽曲については著作権が成立した日から56年目に原作者は楽曲の権利を取り戻せるという米国の著作権法の下、マッカートニーさんは2018年10月から権利の主張を開始できるという。

マッカートニーさんの弁護団は、著作権返還に同意するようソニー/ATVに繰り返しに求めているが、同社が拒否しているため、「法的な申請をする必要」があったとしている。

一方、ソニー/ATVは、マッカートニーさんとはこれまで長く互恵的な関係を持ち最大の敬意を払うとした上で、訴訟は「不必要で時期尚早」で非常に残念、と電子メールでの声明で述べた。

訴状によると、ソニー/ATVは、同様の訴訟を英国の裁判所で起こした英バンド「デュラン・デュラン」に対する結論が出るまで、マッカートニーさんとの協議を引き延ばそうとしているという。デュラン・デュランはソニー/ATV子会社との法的闘争に12月、敗れている。


記事に書かれているとおり、ビートルズの楽曲の著作権のほとんどを保有しているのはビートルズのメンバーではなく、ソニー/ATVという会社です。このあたりのことは2009年にブログに書いてますので、ご参考ください。なおポールはビートルズの楽曲のうち「ラヴ・ミー・ドゥ」と「P.S. アイ・ラブ・ユー」の2曲のみは著作権を保有していますので、前述の記事はその部分は間違いです。
⇒「ビートルズの版権はどこへいく?」

さて今回のポールの訴訟を考察する前に、まずは記事に出てくるデュラン・デュランの法的闘争についての当該記事を少し長いですが引用します。

デュラン・デュラン、「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」を含む40曲の米国においての著作権を取り戻せず
2016/12/05

 英ロック・バンド、デュラン・デュランが「ハングリー・ライク・ザ・ウルフ」を含む約40曲のアメリカでの著作権の返還を求めていた裁判で、イギリスの高等法院は現地時間の今日、権利を取り戻すことはできないとする判決を下した。

 アメリカの著作権法によると、作詞/作曲者が音楽出版会社(デュラン・デュランの場合、Tritec Music Ltd.、現在のソニー/ATV)などに譲渡していた楽曲の著作権について、35年が過ぎれば、解除することができるとしている。これは自身の楽曲の晩年にアーティストが印税を受け取れるチャンスを与える為に設けられた条項だ。バンドは2014年にこの条項を利用して楽曲の権利を取り戻そうとしたが、逆にバンドと各メンバーの持ち株会社に対し訴訟を起こされてしまった。

 ソニー・ミュージックは、バンド・メンバーと出版会社が交わした当初の合意では、契約は全てイギリスの法律が適用され、すなわちアメリカの著作権も全てイギリスの音楽出版会社に帰属する為、バンドの楽曲の著作権はイギリスの法律が制定する期間、つまり作詞・作曲者の死後70年間有効であると主張した。

 「我々は著作権解除に関する米国法に異議を申し立てようとしていた訳ではなく、これは単に英国の裁判所の権限で判断すべき契約上の問題であり、様々な楽曲の著作権のありかをはっきりさせることが目的だった」と同社は声明を発表した。

 リチャード・アーノルド裁判長は「ためらいを感じながらも」としつつ、「バンドの契約にある条項により、彼らが申し立てた(著作権の)解除通知は全て無効になる」と判決を言い渡した。

 イギリス国内で非常に強い反響を巻き起こったこの判決について、米国在住の著作権解除の専門家リサ・アルター (Lisa Alter)弁護士は判決が「とても制限されている」とし、審理が一方的で、双方が米国著作権法の専門家を召喚できず、争点がデュラン・デュランの契約違反に集中してしまった為だと話す。

 「過去には、米国外で交わされ現地の法律が適用された契約でも、作詞/作曲者やその相続人が申し立てた解除通知が認められた例がいくつもある。アメリカでは解除権利は譲渡不可能なので、それを回避しようとする行為は全て無効になる」と彼女は説明する。

 デュラン・デュランは判決に深く失望しているとの声明を発表し、「クリエーターへの権利返還を妨げる為に契約を利用する行為を禁ずる米連邦法規に反する判決だ」と抗議した。

 「長年莫大な成功を享受してきたのは作詞/作曲者のおかげなのに、彼らをこのように扱うソニー/ATVのような会社と今後誰が契約しようと思うだろうか?」と、デュラン・デュランのシンガー、サイモン・ル・ボンはコメントした。


イギリスの著作権に関する法律では

「著作権は、(中略)、著作者が死亡する暦年の終わりから70年の期間の終わりに消滅する」

となっていますので、これに則った判断というわけですね。この文章の“著作者”は“著作権保有者”とは異なるでしょうから、著作権保有者であるソニー/ATVが「著作権が存在する期間は著作権は保有し続ける」と主張すれば、デュラン・デュランのメンバーは自分達が著作した楽曲の著作権を生前に取り戻すことは不可能になります。

>「長年莫大な成功を享受してきたのは作詞/作曲者のおかげなのに、彼らをこのように扱うソニー/ATVのような会社と今後誰が契約しようと思うだろうか?」

というサイモン・ル・ボンのコメントは、法律的にはそうであっても融通を効かせて著作権を自分達に譲ってくれてもいいじゃないか、という主旨のようです。

いっぽうポールの記事では「著作者の死亡から70年」という言葉が出ていないので、デュラン・デュランの場合とは異なりビートルズの著作権については「全てイギリスの法律が適用され」るわけではないのかも知れません。

またビートルズとデュラン・デュランの場合の大きな違いは著作権の発生時期にもあるようで、アメリカではその著作権が1978年1月1日以前のものか以降のものかで、法律が違ってくるようです。

そして1978年1月1日以前から存在している著作権については

「権利付与の終了は、著作権が最初に確保された日から56年後または1978年1月1日のうちいずれか遅い日に始まる5年間にいつでも行うことができる」

とあります。権利付与とは著作者が著作者以外に著作権を与えることのようです。

ビートルズのレコード・デビューは1962年10月なので、56年後の2018年10月から権利付与の終了が可能になるわけですね。

1年9ヶ月先のことを、なぜ今 ポールが法的手続きを開始したのかというと、

「終了は、権利付与を受けた者またはその権利承継人に対して事前の通知を送達することによって行われるものとする」
「かかる日から2年以上10年以下の期間内に送達されなければならない」

とあるからです。終了可能期日の1年9ヶ月前に手続き開始ということは、ポールはこの期日を虎視眈々と見据えていたのでしょう。

なおこの権利付与の終了については

「権利付与の終了は、いかなる反対の合意(遺言を作成しまたは将来の権利付与を行う合意を含む)にかかわらず行うことができる」

となっているので、ポールの主張は通るのではないでしょうか。

デュラン・デュランの場合には逆訴訟を起こして著作者との信頼関係よりも法律的判断を優先させたソニー/ATVが、ポールの件に関しては

>マッカートニーさんとはこれまで長く互恵的な関係を持ち最大の敬意を払うとした上で、訴訟は「不必要で時期尚早」で非常に残念

と信頼関係による和解を訴えているようですから。

ビートルズの楽曲についてはポールの著作権の分だけジョンの著作権もあるわけですから、ヨーコさんもジョンの遺族として手続きをするんでしょうかね。今のところニュースは伝わってませんが。

ポールも他の作詞・作曲者の著作権を買い取ってビジネスをしてますので、ポールが一方的に気の毒だとは単純に言い難い面のあるビートルズの著作権問題ですが、落ち着くところに落ち着いてくれれば やはりファンとしてはうれしいですね
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アラン・ウイリアムズ死去とポール来日!

2017/01/02 13:20|ポール・マッカートニーTB:0CM:2
明けましておめでとうございます。月に1回くらいしか更新のないブログで恐縮ですが、今年もよろしくお願いします。

まずは昨年末のニュース。ビートルズの初代マネージャーだったアラン・ウイリアムズ氏が亡くなりました。

ザ・ビートルズの初代マネージャー、アラン・ウィリアムズ氏が死去
2016-12-31 13:59:52

ザ・ビートルズの初代マネージャーで、“ザ・ビートルズを手放した男”として知られたアラン・ウィリアムズ氏が、86歳で亡くなった。

英国リバプールにあるカフェJacarandaのオーナーだったウィリアムズ氏は、そこの常連だったジョン・レノン、ポール・マッカートニーと出会い、自らヴァンを運転し、ドイツ・ハンブルグへの遠征に連れ出すなど、駆け出しのころの彼らのマネージャーを務めた。

しかしながら、バンドが9ポンド(現在の17万円相当)のマネージメント料金を停滞したため、契約を解除。その後、ウィリアムズ氏が出版した自伝のタイトルにちなみ、『The Man Who Gave The Beatles Away(ザ・ビートルズを手放した男)』と呼ばれるようになった。

ウィリアムズ氏は、再三、「ザ・ビートルズがあそこまで有名になるとは思ってもいなかった」と後悔の言葉を口にしていたようだが、リバプールの音楽シーンでは、彼がザ・ビートルズをハンブルグに連れて行ったからこそ、あの成功があったと評価を受けていた。


アラン・ウイリアムズ氏の自伝は1976年に「ビートルズ派手にやれ!」、1998年には「ビートルズはこうして誕生した」に改題して日本でも出版されてますけど、タイトルは“ビートルズを手放した男”の方が面白いですよね。

私は持ってはいるんですけど、実はまだ読んでません。
ビートルズ派手にやれ! ビートルズはこうして誕生した

最近の出版物などの情報では、ビートルズを手放して巨万の富を手にするチャンスを失ったことを後年の彼は特に悔いることなく過ごしていたそうです。

自分ではなくブライアン・エプスタインの存在がビートルズの成功には不可欠だったと自覚してたんじゃないでしょうか。

彼の死を機に、手元の自伝読んでみようと思います。


そして新年早々のビッグニュース。ポールが今年4月に来日公演を行います。

ポール・マッカートニー 4月来日公演でビートルズ名曲解禁

元ビートルズのポール・マッカートニー(74)が12月31日、「第67回NHK紅白歌合戦」に“サプライズ出演”し、2年ぶり6度目の来日公演を行うことを発表した。世界ツアーの一環で、4月27、29、30日に東京ドームで開催される。同ツアーではビートルズ時代の名曲「ハード・デイズ・ナイト」を解散後初めて披露しており、「その時に会いましょう!」と呼び掛けた。(サンケイスポーツ)

「やあ、みなさん。ポール・マッカートニーです」。レジェンドの登場に、NHKホールが驚きの声で沸き上がった。

ロンドンからVTRで出演したポールは「出演されているアーティストのみなさんも素晴らしい時間を楽しんでください。そして、輝かしい新年を迎えてください」とあいさつ。続けて「実は2017年、日本に行く予定です。その時に会いましょう!」と発表した。

紅白には、宇多田ヒカル(33)がロンドンから生中継で出演しており、事前に現地入りしていたスタッフがコメントを収録したようだ。

6度目の来日公演は、東京ドームで4月27、29、30日に3公演行い、15万人を動員する。



私も紅白観てまして、ポールのVTRが突然流れてとても驚いたんですけど、今までよく情報が漏れませんでしたね。

ところで今回は東京ドームのみでの3回公演。

11年ぶりで、最後の来日公演かも知れないと思われた2013年に比べると2015年はチケットも購入しやすかったようですし、日本での需要は下降気味なんでしょうね。

人気が落ちてるというよりも、高額のチケット代に加えて何より、ドームという会場がコンサートには広すぎると思います。

外野席からだと豆粒にしか見えないし、会場の一体感もあまりないし。

ドームでのコンサートって、やる側としては「おおっー!」っていう感じなんでしょうけど、観る側としては「うーーん」という感じです。

文句言っても仕方がないんですけどね。


ポール来日のビッグニュースから始まった2017年が、ビートルズ・ファンにとっていい年になりますように!
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ポールが一番好きなビートルズ曲のカバー

2016/04/21 13:35|ポール・マッカートニーTB:0CM:4
ビートルズの曲は多くのミュージシャンにカバーされていて、2005年出版の「世界初!これがビートルズ・カヴァー決定版」ではそのうちの2000曲が紹介されています。
これがビートルズカバー

取り上げられてないカバー曲が他にも多数あるようですが、この本によるとカバー数1位は「Yesterday」の103曲、2位は「Hey Jude」の54曲、3位は「Elenor Rigby」の51曲、4位は「Let It Be」の46曲、5位が「Michelle」の44曲だそうです。

ちなみに6位以下は次のとおり。

6位   Something   40曲
6位   The Long And Winding Road   40曲
8位   Here, There And Everywhere   38曲
9位   And I Love Her   33曲
10位  A Hard Da'ys Night   32曲 
11位  Get Back   31曲
11位  Help   31曲
13位  With A Little Help From My Friends   30曲
14位  Can't Buy Me Love   29曲
14位  Come Together   29曲
14位  Norwegian Wood   29曲

1位から5位まですべて、そして上位16曲のうち10曲(作詞作曲なら11曲)がポールの曲なんですよね。

ポールの普遍的なソングライターぶりを実感するわけですが、ところでそのポールがお気に入りのビートルズ曲のカバーはなんでしょう?

そんな疑問に先日オフィシャルサイトでポールが答えました。

ポールが一番好きなビートルズ曲のカバーは、エスター・フィリップスの「And I Love Him」なんだそうです。

Esther Phillips - And I Love Him


その他に挙げたのが、レイ・チャールズの「Eleanor Rigby」とマービン・ゲイの「Yesterday」。

Ray Charles - Eleanor Rigby


Marvin Gaye - Yesterday


ポールは黒人系の音楽が好きなんですよね。ビートルズのデビュー前などの記事にもそのようなことがよく書かれており、その嗜好はジョンも同じなんですが、自分達で演奏する時や曲を作る時にはあんまりそれっぽいアレンジではありません。ビートルズの演奏はデビュー前から“ビートルズ風”。初期のローリング・ストーンズが黒人音楽をそっくりそのまま演奏していたのとは対照的です。

今回ポールのお気に入りのカバー曲を知って、ビートルズのオリジナリティの高さをあらためて感じた次第です。
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若い頃のポール

2016/02/18 13:35|ポール・マッカートニーTB:0CM:4
突然ですが

「若い頃のポール」と聞いて、皆さんはいつ頃のポールを想像しますか?

といいますのは、「マスケティアーズ」という海外ドラマが好きな知人から先日こう言われたんです。

「『マスケティアーズ』のアトス役の人が、ポール・マッカートニーの若い頃によく似てるよ」

若い頃のポールみたいと聞いてこんな感じの青年を想像しました。

paul MacCartney 1962

1962年~1963年頃のポールですね。青年というか、まだ少年の趣きを残したポールです。

そしてそのドラマを私は観てなかったので、ネットでドラマのアトスを検索してみたところ、こんな人でした。

アトス

こ、これは・・・(笑)

ビートルズ・ファンの私にとっては解散直前のポールは“若い頃のポール”ではないんですけど、世間一般の人のイメージではこの頃も“若い頃”なんだなあと認識を新たにしました。

Paul Get Back Session

今年で74歳になるポールですから、まだ20代後半は確かに“若い頃”ですよね。ファンの頭の中の時計が止まってるだけで(笑)

Paul MacCartney 2105
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ちなみに「マスケティアーズ パリの四銃士」は本年4月3日からNHK総合で放送されます。私も観てみようかな。
マスケティアーズ
⇒「マスケティアーズ パリの四銃士」

Paperback Writerのナース達

2015/04/27 16:46|ポール・マッカートニーTB:0CM:8
2年ぶりに実現したポールの日本公演。

公演の内容は2年前とほとんど同じでしたが、それでもファンを満足させるのはさすが、ポールのキャリア・実力のなせる業ですね。

さてステージのセットも2年前とほとんど同じで、「All Together Now」のリトル・モンスターや「Helter Skelter」のチカチカする四角の行列などが記憶に残ってますが、その中でも強い印象を与えたのが「Paperback Writer」の背景で映し出されていたナースのイラストじゃないでしょうか。

ちょっとレトロなイラストで、始めはまあちょっと艶っぽい感じなんですが、だんだん色調が暗くなっていき、そのうち口元が血まみれだったりと、どんどんホラー調になっていきます。

ついつい目を奪われ、「Paperback Writer」の演奏中、ポールではなく背景のイラストばかり見てたという方もいらっしゃると思います(←私です・笑)



いったいあのイラストは誰のなんという作品なのか?

ネットでわかる範囲ですが、調べてみました。

あのイラストの作者は、リチャード・プリンス(Richard Prince)というアメリカ合衆国の画家・写真家だそうです。
Richard Prince

1949年生まれだそうですからポールより6歳年下ですけど、結構ベテランの芸術家ですね。

もともと詳細を存じませんので、画集の紹介文をそのまま引用させてもらいます。
⇒「リチャード・プリンス【Collected Writings】」

リチャード・プリンス(Richard Prince, 1949 - )アメリが合衆国の画家、写真家です。1975年より、マルボロ・マンが馬に乗って荒野を走る、マールボロのタバコの広告写真をもとに作られた『無題(カウボーイ)』など、広告やポップ・カルチャーの象徴的なイメージを元に制作(re-photograph)した写真作品で、一躍ポスト・モダニズムを代表するアーティストとなります。

プリンス他にも、映画のワンシーンを自ら演じた写真作品で知られるシンディ・シャーマンなど、広告やメディアによって広く流通しているイメージを作品に流用する動向は『シュミレーショニズム』と呼ばれ、高度な消費社会を批評的に捉えた作風が評価される一方、アートにおける作品のオリジナリティーについての議論を呼びます。

その後も、85年より制作が始められた、キャンバスに文字で一行または、数行に渡るジョークを書いた『Joke paintings』シリーズや、ロマンス小説のカバーをインクジェットプリンタでキャンバスにプリントした上から絵具を塗るという過程で、エロティックなナースを描いた2003年発表の『Nurse Paintings』シリーズを制作しています。

1980年のニューヨークでの初個展以来、1988年と2007年にヴェネツィア・ビエンナーレ、1992年のドクメンタ9、2007年ニューヨークのグッゲンハイムなど各地で展覧会を開催しています。


という方でして、

>ロマンス小説のカバーをインクジェットプリンタでキャンバスにプリントした上から絵具を塗るという過程で、エロティックなナースを描いた2003年発表の『Nurse Paintings』シリーズ

このシリーズのイラストがポールのステージで使われているんですね。

princenurse1 princenurse2 
princenurse3 princenurse4

ペーパーバックの表紙の上に絵を描くという、その創作過程がわかる画像がありましたので、そちらも紹介しておきます。

nursepainting 1 nursepaonting 2

こんな感じでペーパーバックの表紙の上に絵具を塗り重ねて、別の絵に仕上げていくんですね。

創作過程がわかったところで、リチャード・プリンスの創作意図や、ポール(あるいはスタッフ)の採用意図は全くわかりませんけど(笑)、“ペーパーバック”つながりだということだけはわかりました。

リチャード・プリンスとポールの接点も調べた限りでは特にヒットしませんでしたが、ロックとの接点としては、ソニック・ユース(Sonic Youth)というパンク・バンドの「ソニック・ナース(Sonic Nurse)」というアルバムのジャケットに、このNurse Paintingsシリーズが使われているそうです。
Nonic Nurse

ポールのライブでも好評だったら、Nurse PaintingsのTシャツなどがツアーグッズとして販売されるかも知れませんよ。


ところで、このリチャード・プリンスのNurse Paintingsシリーズの絵、購入しようと思ったらいくらだと思います?

クリスティーズのオークションに出品されているんですが、その値段を見て私は驚きました。
⇒「CHRISTIE'S The Art People」
Nurse of Greenmeadow

$ 8,565,000!

ま、まじですか!

日本円で 10億2800万円ですよ!(@_@;)

実はポールがこの絵のシリーズをコレクションしてたりして(笑)
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2015年ポール京セラドーム!

2015/04/23 10:15|ポール・マッカートニーTB:1CM:8
2015年4月21日。

大阪の京セラドームで行われてたポールのライブに行ってきました。

最寄駅から会場へと向かう人達は40代~50代がメインだったでしょうか。服装も普段着で、ライブ会場特有のお祭り感がなかったのは2年前と同じです。

ドーム内に入ると、2年前の公演の時はドームの中の通路には「OUT THERE TOUR」のポスターがたくさん貼ってあり、モニターには「Save Us」がBGMのツアー・トレイラーが繰り返し流れていて、通路にいるだけでいやがうえにもライブへの気分が盛り上がったんですが、今回はポスターもなく、モニターには「ジャンピング禁止」の注意が掲示されてるだけでした。

会場に入って席に着くと、2年前と同じ巨大モニターとステージ。

2年前の感動を思い出しつつ、またポールのステージを観ることができる幸せを感じました。

しかしながら、2年前との私の心境の違いもあったと思うんですが、今回は会場全体がのんびりとしたムードに感じました。

2年前の公演の時はみんな神妙な態度というか、何か神聖な体験をしに来たような雰囲気があったんですけども。

やはり11年ぶりの来日かつポールを観れるのはこれが最後かもしれないという緊張感のようなものが、2年前の公演の時にはみんな強かったと思うんですよね。その点、今回は純粋にライブを楽しみに来ているという感じでした。

6時30分の開演予定が過ぎてもライブは始まらず、7時10分に会場内の照明が消えてステージのみが明るく照らされ、いよいよポールが登場してきました。

みんな総立ちに!

と思ったら、私の周りの人達は誰も立ち上がりません。

前回も今回もステージからの距離は同じくらいのスタンド席で、前回は照明が消えたら歓声をあげてみんな立ち上がって拍手したんですけど、今回はそういう盛り上がりとはちょっと違いました。

前回の方が、みんなポールを切望していた感じでしたね。

ステージのポールは白いシャツに濃いグレーのジャケットで、オープニングは「Magical Mystery Tour」

Magical Mystery Tour

「Out There Tour」では何度も演奏してますが、前回の日本公演では演奏しなかった曲です。

2曲目の「Save Us」は前回と同じでしたが、3曲目は「Can't Buuy Me Love」、4曲目は「Jet」と、前回の公演とは違う曲順でステージが進みます。

さすがポール、2年前とセットリストを大幅に変更してるじゃないか!

と感激したのはここままで、この後のセットリストは2年前とほとんど同じでした。

On Piano

前回と違ってたのは、その他2曲くらいですね。新曲の「Hope For The Future」を「セカイ、ハツコイカイ!」(ポールM.C.)してくれたんですが、ライブ向きの曲でないせいか聴衆受けはあんまりよくなかったですね。

Blackbird

49年ぶりの武道館に向けて、1966年のビートルズ武道館公演でやった曲を何か演奏するかと思ってたんですけど、それはなかったです。

「Hey Jude」でみんなで合唱して、「The End」で締めくくり、セットリストだけでなくポールのM.C.の内容やタイミングもほとんど2年前と同じで、完成されたステージ構成でした。

いい意味で「古典芸能」だと感じましたね。

The End

数年の間に生のポールを2回も観れるなんて、私がビートルズのファンになった1980年半ばには想像もできないことです。

次があるのか、それは誰にもわかりませんけれど、この喜びを感じられるだけで、ビートルズのファンでよかったとしみじみ思います。

そして現役でツアーを続けているポールにあらためて感謝を。


追伸:ライブが始まる前にアレンジされたポールの曲やビートルズの曲が延々と流れていたんですが、その時に流れたビートルズの「Money」と「Twist And Shout」。

ドーム内に鳴り響くジョンの野太い声が耳に突き刺さり、とっても恰好よかったんですよ。

ジョンの歌声を生で聴いてみたかったですね、本当に。
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