私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ポールの誕生日に偉大さを再確認

2008/06/23 13:23|ポール・マッカートニーTB:0CM:6
1週間遅れで今さらですが、

Happy Birthday, Paul !
paul_mccartney1.jpg

ポールの誕生日によせての記事が今日になったのに、特別な理由はありません。
単なる私の怠慢です(笑)

昨年の誕生日はアルバム「Memory Almost Full」発売直後、今年の誕生日はリバプールとウクライナでのコンサート直後と、最近は音楽活動の充実が目立つポールです。
来年の誕生日の頃はどんな風でしょうね。
誕生日に日本でコンサート、とかならないかなあ。

他のビートルズの3人と違い、ポールは私がビートルズ・ファンになってからもずっと現役として活動を続けていますので、私にとって最も身近に感じるFab4です。
“一番好き”とかそういう単純な気持ちとはまた違うんですが。
あまりに身近に、親戚のおじさんのような感じに思っていますので(笑)、ポールの偉大さに慣れてしまって、その凄さを忘れてしまう時があります。

そこで今回のポールの誕生日を機に、ポールの偉大さを再確認できる記事を2つご紹介します。
2つとも昨年の5月の記事なんですが、その頃はこのブログがありませんでしたので、古い記事の紹介をご勘弁ください。

まず1つ目はイギリスの新聞The Sun主催のコンテストの記事です。

5月21日(英国時間)、The Sun 主催のコンテスト「Who's Greatest Living Briton? (存命中の偉大な英国人は誰?)」の最終結果が発表され、ポール・マッカートニー、マーガレット・サッチャー、ジュリー・アンドリュース、ロビー・ウィリアムスら並み居る強豪を見事破ってエリザベス女王(The Queen)が英国一の偉人に選ばれた。コンテスト各部門の受賞者は以下のとおり。

Greatest Britons 2007
Greatest Living Briton - The Queen
Fashion - Giles Deacon
Film - Helen Mirren
Business - Innocent Drinks: Richard Reed, Jon Wright, Adam Balon
Sport - Sir Ranulph Fiennes
Campaigner - Duncan Goose of Global Ethics Ltd
TV - Ricky Gervais
The Arts - Banksy
Music - Amy Winehouse
Global Achievement Award - David Beckham

royal_queen.jpg

偉大なイギリス人コンテストの中の“存命部門”にノミネートされていたポールですが、音楽家や政治家らと並んでエリザベス女王がノミネートされているのには驚きですね。
日本で天皇陛下を芸能人と並べてリストアップして人気投票なんかしたら、皇室を侮辱してるって大問題になると思います。
このコンテストの主催が新聞社というところもすごいですし、投票で女王が1位になっちゃうところもまたすごい。
イギリスのユーモア精神、おそるべしです(笑)
受賞記念のトロフィーかなんかを、エリザベス女王に持っていったんでしょうかね?

って、ポールの話になってませんね。
まあエリザベス女王と並んでノミネートされるくらい、ポールが偉大だということです(笑)

ちなみにこのコンテストについて、イギリスのロック・バンド、カイザー・チーフス(Kaiser Chiefs)のボーカル・リッキー・ウィルソン(Ricky Wilson)が、ポールに投票しようという推薦文を書いてますので、こちらもご紹介しておきましょう。
kaiser-chiefs_000582_MainPicture.jpg

「マッカートニーこそが偉人、彼に投票しよう。知らない人がいるといけないので、ポール・マッカートニーという人物は、リバプール出身のビートルズというバンドでプレイしていた。彼らはポップ・ミュージックの在り方を変え、世界で最も有名な曲のいくつかを作り、その時代の若者にバンドを組んで音楽を作るようインスパイアした。ポール・マッカートニーはその後も、ウィングスにしろソロにしろ、素晴らしい音楽を作り続けている。彼と比べたら、候補に挙がってるほかのミュージシャンなんて冗談でしかない。

そして彼は、音楽以外のところでも偉大な功績を成し遂げている。動物保護や地雷反対運動、貧困撲滅キャンペーンを支援、それにライヴ・エイド、バンド・エイド、本当にいろいろなことをやっている。彼のやることはすべて純粋なもので、人気やお金のためじゃない。音楽を作り続けるのは、契約を満たすためでもなければ、まだ自分が1番だと証明したいからでもない。ただ、やりたいからやってるんだ、それが、いつだって最高の動機だ」


さてもう1つ。
音楽ファンにはこちらの方がインパクトがあると思います。

ディラン「俺が畏敬の念を抱いてるのはポールだけ」

NME.COMによると、ディランは『Rolling Stone』誌のインタヴューでこう話したという。「(ジョン・レノンとマッカートニーは)素晴らしいシンガーだった。いまだに、彼らに勝るシンガーを探すのは難しい。マッカートニーには畏敬の念を抱いてるよ。俺がそう思う唯一の人物だろうな。彼は何でもできる。それに手を休めるってことを知らない……。いまいましいほど、簡単にやっちまうんだ」

ディランはまた、マッカートニーの元バンド・メイト、ジョージ・ハリソンについても話している。ハリソンは、レノンとマッカートニーという2人の天才ソング・ライターにはさまれ、フラストレーションを感じていたという。「ジョージはビートルズで、苦悩してたよ。レノンとマッカートニーがいたら、自分の曲がアルバムに収録されるのは難しいからね。でも(あの2人相手に)苦悩しない奴なんかいるかい? もし当時、ジョージが自分のバンドを作って曲を書いていたら、ものすごくビッグになってたと思うよ」

Bob-Dylan.jpg

ビートルズ・ファンにとっては、ボブ・ディランはジョンとのかかわりのイメージが強いんですが、ディランはポールのことを最高に評価しているんですね。
ジョンがこの発言を聞いたら、とっても悔しがったことでしょう。

今月に2回のコンサートを行い、これから2年間をかけて世界100ヶ所でコンサートを行う予定と報道されているポール
ポール自身とファンの双方が満足できるツアーになることを期待します。
もちろん日本にも来てね。

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ジョンがポールのソロ・アルバムでコーラスをつけていた?!

2008/06/16 15:52|ポール・マッカートニーTB:0CM:23
相互リンクさせていただいているGORICOさんのブログ晴れ、ときどきBeatlesの記事のコメントの中で、これまた相互リンクさせていただいているダン・コレステさんがとても興味深い発言をされていました。

「そういえば僕の中で一つ謎があって、ポールの「Band On the Run」の2つ目のヴァースで最後の「If we ever get out of here」のコーラスがジョンに思えてならないんですけど・・・
当時のジョンのインタビューでも73年当時にポールのアルバムのコーラスを少し手伝ったっていうことを言っているらしいですし。
知り合いにはデニー・レインだと一蹴されましたけど。」


ええっΣ( ̄ロ ̄lll)、そんな話は初めて聞きました!!

で、早速ポール(正確にはポール・マッカートニー&ウイングス)の「Band On The Run」を聴きなおしてみました。
問題の「If we ever get out of here」は、YouTubeで2分02秒からのワン・フレーズです。

Paul McCartney & Wings - Band on the Run


おおー、今まで意識したことなかったんですが、確かにコーラスがジョンの声に聴こえます。
本当に(というか、本当は)ジョンの声なんでしょうか?
本当なら世紀の大発見です。
ということで、ちょっと調べてみました。

まず、
>当時のジョンのインタビューでも73年当時にポールのアルバムのコーラスを少し手伝ったっていうことを言っているらしいですし

なんですが、このインタビューが見つかりません(^ ^;
もしジョンのこのインタビューをご存知の方がおられましたら、是非教えてくださいm(_ _)m

続いて、
>知り合いにはデニー・レインだと一蹴されましたけど
について。

念のため説明しておきますと、デニー・レインとはポール・マッカートニー&ウイングスのギターリストで、「Band On The Run」が収録された同名アルバムのレコーディングはポールと妻・リンダと、デニー・レインの3人で行われました。

ところでデニー・レインの声をパッと思い出せる人は少ないんじゃないでしょうか。
私も思い出せませんでした(^ ^;
では、YouTubeで聴いてみましょう。
デニー・レインが2007年に「Band On The Run」を歌っている動画もあるんですが、アルバム録音当時に近い時期の方が参考になると思いますので、1976年のウイングスのアメリカ講演でのデニー・レインの歌声を聴いてみましょう。

Paul McCartney & Wings - Spirits Of Ancient Egypt


ブルージーな渋い声なんですが、「If we ever get out of here」のザラザラした感じの声とは違うような気がしますね。

それではこの頃のジョンの様子を振り返ってましょう。

アルバム「Band On The Run」のレコーディングは1973年9月から10月、アフリカ・ナイジェリアのラゴスで行われ、その後ロンドンでミキシングされて同年12月7日に発売されています。

その頃のジョンはといいいますと、同年11月16日に3枚目のソロ・アルバム「Mind Games」を発売しています。
mind-games-cover.jpg

「Mind Games」のレコーディング期間はわかりませんが、11月発売なら8,9月頃がレコーディングでしょうか。
このアルバムのレコーディングはニューヨークのレコード・プラント・スタジオで行われているのですが、興味深いのはレコーディング後の10月に、ジョンはロス・アンジェルスへと移住して、翌年の11月までヨーコと別居していることです。

一般に失われた週末と呼ばれる1年余りのジョンヨーコの別居期間なんですが、この期間はヨーコの目がジョンに行き届いていないわけです。
つまりジョンヨーコの目を気にすることなく行動できたわけですね(実際にはジョンに同行した秘書がヨーコに連絡をとっていたようですが)。

1973年にジョンはアメリカから出国していませんし、ポールもアメリカには入国していませんが、ポールがロス・アンジェルスのジョンの元へレコーディングを終えたばかりの「Band On The Run」のマスター・テープを送り、ジョンがそのテープにコーラスを入れて送り返す、なんてことも可能だったということです!!

こんな驚きの事実が今まで秘密のままであったなんて考えにくいですし、おそらく「Band On The Run」のコーラスの声はジョンではないと思ってはいますが、おそらくジョンではないとは思いながら、もしかしたら、もしかしたら・・・と思うエピソードが2つあります。

band_on_the_run.jpg

まず、それまでポールのソロ・アルバムを酷評していたジョンが、アルバム「Band On The Run」では一転して絶賛しているんですよ。
ポールと仲直りして、自分もちょっとかかわったから?

そしてもう1つ。
この失われた週末については、以前の記事でも少し触れていまして、ジョンとポール 解散後の最初で最後のセッション

>1974年3月、ポールはロサンゼルスでハリー・ネルソンのレコーディングを手伝っているジョンを訪れました。ポールによると、当時ジョンと不仲になっていたヨーコからジョンとの仲を取り持ってほしいと頼まれたためとのこと

というエピソードがあるんですが、私はずっと不可解な話だと思っていたんです。
ビートルズ解散から数年後のこの時期に、ヨーコジョンとの仲介をポールに頼むなんて普通では考えらないことです。
またヨーコの頼みでジョンに会いに行くポールにも、不思議な感じがしてました。

でももしこの時期に、ヨーコから離れたジョンが再びポールと接近するようになり、ジョンが一番信頼しているのは、やっぱりポールなんだわ」ヨーコが思うような仲に2人がなっていたとしたら、この不可思議なエピソードの謎が解けます。

ジョン亡き今、どなたか機会があれば是非ポールに訊いてほしいですね〜。

それにしてもビートルズの音楽やエピソードの隙間に隠された謎を探る“ビートルズ・ミステリー”は、ファンにって本当に大きな楽しみです(*^_^*)

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ビートルズのハーモニーをコンサートでもう1度!

2008/06/07 17:11|ポール・マッカートニーTB:0CM:8
6月1日にリバプールで行われたポールのコンサートが、ネットでも話題になってますね。
簡単に記事をご紹介しておきます。

Paul liverpoolsound

6月1日22時50分(日本時間6月2日6時50分)、ポールがメイン・アクトして出演したリバプール「Liverpool Sound」が終演。リバプールはポールのステージに酔いしれた。
最初にステージでポールを紹介ししたのはイギリスの有名コメディアン、ピーター・ケイで、ポールは登場するやいなやビートルズがデビュー前からレパートリーにしていた‘Hippy Hippy Shake’でスタート! そして、‘Band On The Run’ではカバー・バージョンも発表していたフー・ファイターズのデイブ・グロールがギターで共演、続いての‘Back In The U.S.S.R.’ではニルバーナ時代を彷彿とさせるドラムをグロールが披露、ポール・バンドのドラマー、エイブとの豪華なツイン・ドラムとなった。ジョージのトリビュート‘Something’もおなじみのジョージのウクレレで演奏、さらには予定になかったジョンのトリビュート・メドレー‘A Day In The Life〜Give Peace A Chance’も披露。客席にはもちろんヨーコの姿も。ラストの‘I Saw Her Standing There’では再びグロールが参加し、大盛り上がりとなった。

曲目リスト
1. Hippy Hippy Shake
2. Jet
3. Drive My Car
4. Flaming Pie
5. Got to Get You Into My Life
6. Let Me Roll It
7. My Love
8. C Moon
9. The Long and Winding Road
10. Dance Tonight
11. Blackbird
12. Calico Skies
13. In Liverpool
14. I’ll Forrow The Sun
15. Eleanor Rigby
16. Something
17. Penny Lane
18. Band on the Run
19. Back in the U.S.S.R.
20. Live and Let Die
21. Let It Be
22. Hey Jude
23. Yesterday
24. A Day in the Life〜Give Peace A Chance
25. Lady Madonna
26. I Saw Her Standing There


コンサートを観るために日本から来たファンのために、ポール「コンニチワ!」「アリガトウ!」「オッス!」と日本語のM.C.も披露したそうです。

さて、ネットの記事などをみると、コンサートのオープニングがロックのスタンダード・ナンバーである「Hippy Hippy Shake」のカバーだったことも話題のようですが、最も話題になっているのが「A Day in the Life」を演奏したことのようです。
ご存知のとおり「A Day in the Life」は、アルバム「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」のラスト・ナンバーですね。

Paul McCartney - A Day in the Life〜Give Peace A Chance


1966年にビートルズがコンサート活動をやめた理由には、ツアーが精神的にも肉体的にもきつい、演奏をまともに聴いてもらえなくてモチベーションが保てない、などの他、曲作りが複雑になってコンサートの演奏で再現できなくなった、ということもあったようです。コンサートで演奏できない代表のような「A Day in the Life」が今回のコンサートで演奏されたことに、とても感慨深いものを感じました。
ビートルズが今も続いていたら、あんな曲やこんな曲もコンサートでやってくれたんじゃないだろうかと。

今回ポール「A Day in the Life」ジョンのパートを歌っていますが、ポールがコンサートでジョンの曲を歌うのは、これが初めてではありません。
18年前の1990年、やはりリバプールでのコンサートで、ポールはメドレーで「Strawberry Fields Forever〜Help!〜Give Peace A Chance」を歌っています。
ジョンへの追悼を捧げるというのは、故郷リバプールでのコンサートだけのスペシャルなのかも知れませんね。

Paul McCartney - Strawberry Fields Forever〜Help!〜Give Peace A Chance


この時もジョンのソロ・ナンバーである「Give Peace A Chance」を歌っています。
数あるジョンのソロ・ナンバーの中でどうして「Give Peace A Chance」を選んだんだろうと思っていましたが、きっと版権の問題が絡んでいるんでしょうね。
「Give Peace A Chance」のクレジットはLennon-McCartneyで、法的にはポールの共作ですから。

ところで、「A Day in the Life」ポールが歌うジョンのパートを聴いていて、私はふと思いました。
もう一度、ジョンポールのハーモニーは聴けないものでしょうか?
ジョンポールジョージ、3人のハーモニーは聴けないものでしょうか?

NHKの「紅白歌合戦」で平井堅が、VTRの坂本九とデュエットしたことがありましたよね。堀内孝雄がVTRの河島英五とデュエットしたことがありましたよね。
(NHKの映像はYouTubeに配信されてもすぐに削除されてしまうので、残念ながら動画をご紹介できません)

ポールのコンサートでもそういうことが出来ないでしょうかね?
賛否両論あると思いますが、私はポールがもう一度ジョンとハモるのを、ジョンジョージとハモるのを見たいし、聴きたいです。

ステージに立つポールのバックにジョンジョージの姿がパッと映り、彼らの歌声に合わせてポールが生で歌ったら、私は感激して身震いが止まらないと思います。

フレディ・マーキュリーが亡くなった後に、クイーン(QUEEN)がポール・ロジャース(Paul Rodgers)をボーカルに迎えてツアーを行ったことがありましたが、そのステージでこの手法を使っているんです。
私はこの映像を観た時に体がゾクゾクッと震えました。
「フレディはみんなの心の中で生きているんだ」と感動しました。
(蛇足ですが、ポール・ロジャースがちょっと滑稽に見えました(笑))

Bohemian Rhapsody - Queen + Paul Rodgers


この感動をビートルズでも体験したい!

技術的には十分可能だと思いますし、ヨーコやオリビアも協力してくれるんじゃないでしょうか。
あとはポールの気持ち次第だと思うんですけどねえ。

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どういうつもり? ポール・マッカートニー

2008/05/20 13:55|ポール・マッカートニーTB:0CM:18
ポール・マッカートニーについての最近のニュースをまずは2つご紹介しますが、この2つのニュースについて「どういうつもり?」と思っているのではありません。
この2つのニュースについては、私はポールに好意的です。

マッカートニーさんに批判=日本からハイブリッド車空輸−英
【ロンドン15日時事】環境保護活動に熱心な元ビートルズのポール・マッカートニーさんが、トヨタのハイブリッド車を日本から英国に空輸し、環境への配慮が足りないと批判を浴びている。
 英メディアによると、最上級ハイブリッド車「レクサスLS600h」が日本の製造元からマッカートニーさんに贈呈品として届けられた。しかし、移送に船便でなく航空便が使われたことから、「(二酸化炭素排出によって引き起こされる)環境への影響は、この車で地球を6周するのと同じ」(環境団体CO2バランス代表)などと批判が噴出した。
時事ドットコム

ハイブリッド車の空輸については、まさかポールの車を運送するためだけに特別機が飛んだというわけではないでしょう。ポールの車を運ぶ、運ばないにかかわらず、その飛行機は飛ぶ予定だったんでしょうから、ポールの車を飛行機に乗せようが船に乗せようが、そんなのどっちでも関係ないじゃん、と思うわけです。これはポールに対する不当な悪口だと感じました。

昔、忌野清志郎さんがカバー・アルバムで反核・反原発の歌を歌った時に、「反原発というなら、コンサートでエレキ・ギターや照明を使うな」と批判する人たちがいたんですよね。
今回のポールへの批判もそれと同じで、物事の本質を無視して表面的な部分のあげ足を取る行為だと思います。

ポールがもっともムカつく音楽スター1位
ポールがイギリスの音楽ウェブサイトMusicmagpie.comのオンライン投票で、もっともムカつく音楽スターの1位になった。
同ウェブサイト広報担当者のクレイグ・ドーソンは、「ミュージシャンはちょっとしたことで人々にムカつかれてしまう。ポールは離婚への「聖人ぶった」姿勢や、ピースサインのジェスチャーや、スーツとスニーカーを組み合わせるファッションの趣向で人々にムカつかれてしまった。」
博愛主義者のボノでさえ、そのリストに入ることから逃れられなかった。これはある意味、人気の裏返しであるととることもできる。
ムカつく音楽スターのトップ10は次のとおり。
1位)ポール・マッカートニー 2位)ジェームス・ブラント 3位)リリー・アレン 4位)ロビー・ウィリアムズ 5位)エイミー・ワインハウス 6位)ボノ 7位)クリフ・リチャード 8位)ピート・ドハーティ 9位)ジョス・ストーン 10位)クレイグ・デイビッド

paul 2007 shoes

自分が好きな人を「ムカつく」と言われるのはもちろんいい気持ちがしませんが、記事にあるとおり、これは人気の裏返しと取れますよね。
どうでもいいと思われている人物ならそもそも人から注目もされず、悪口も言われないはずですから。
むしろ私はこのニュースで、ポールのイギリスでの人気の健在ぶりを感じました。

と、ここまでは私もポールに対して好意的なんですが、次の2つのニュースには「えっ?」と思いました。

ポール・マッカートニー、最新アルバムをネット無料配信へ
【ニューヨーク 5月8日 IANS】ポール・マッカートニーは、最新アルバム『追憶の彼方に〜 メモリー・オールモスト・フル』のオンライン無料配信を発表した。
 perezhilton.comによると、数か月前に発売された同作だが、これまでの売り上げ枚数はたったの10万枚だという。しかし、無料配信により、200万人の人々の耳に届く可能性があるという。
 情報筋は「苦労して作り上げたアルバムでしたが、売り上げが不本意であったため、代わりの流通方法を探した結果です。これ以上によい手だては考えられないと思います」と語っている。
Web-Tab

ポールのアルバムが『メイル・オン・サンデイ』紙の付録に
ポール・マッカートニーのアルバム『追憶の彼方に〜メモリー・オールモスト・フル』のCDが、5月18日付のイギリスの日曜紙『メイル・オン・サンデイ』の付録として、新聞購入者に無料配布されました。
『メモリー・オールモスト・フル』のイギリス国内での売り上げは約10万枚。一方、『メイル・オン・サンデイ』の発行部数は2008年3月現在で220万部を超えています。
Mail Online
Memory Almost Full


皆さんはどう思われましたか?
無料で配布するというのは多くの人に聴いてもらうためには確かに有効な手段でしょうが、これまでにお金を出してアルバムを買ったファンの気持ちをどう考えているのでしょうか。
昔のアルバム、例えば70年代のウイングスの頃のアルバムを新しいファンに聴いてほしいから無料で配信する、とかなら理解できますよ。
でも「Memory Almost Full」は最新アルバムで、今のところ最も旬なポールなんです。

ポールの音楽が聴きたい、ポールにこれからも音楽活動を続けてほしい。
そんな気持ちでアルバムを買ったファンにとって、そのアルバムはやはり思い入れのある大切なものです。ファンにとってはそのアーティストとの心の交流なのです。
それをファンでもない人に対して無料で配信したり、ましてや新聞の付録にして配るなんて、どういうつもりなんでしょうか?
「私の作った音楽は、お金を出して聴くほどの価値はないんですよ」
アーティスト自らがそう宣言しているのと同じです。
自分が大事に思っていたものを、アーティスト自身からそんな価値がないものだと告げられたファンの傷ついた気持ちは、どこで癒せばいいのでしょうか。

Paul.jpg

今回のポールの行動は、ポール自らがこれまでのファンとの心の交流を切り捨てた行為だと私には感じます。
新しいファンの獲得のために、昔からのファンをないがしろにする行為だと思います。

新しいアルバムの制作中で、この先ワールド・ツアーを計画していると噂されているポールですから、できるだけ多くの人に自分の音楽を聴いてもらいたい、自分の存在をアピールしておきたいという気持ちがあるのでしょう。
でも、もっと違ったやり方があるんじゃないでしょうか。

例えばアルバムを期間限定で廉価盤として発売し、その売り上げをミャンマーのサイクロン被害や中国四川省の地震被害の支援に充てるなんてどうでしょうか。
中国のチベット問題についてビヨーク以外のアーティストが声明を出さないのは、音楽市場としての中国を意識してのことなんでしょうか。
アイルランド問題についてはプロテスト・ソングを作って抗議したじゃないですか、ポール(まあ母国か外国かで興味が全く違うのかも知れませんが)。

アイルランドに平和を

サー・ポール・マッカートニーとしてやるべきことは、売り上げがふるわなかったアルバムを無料で配ることではないはずです。

でも変わらず応援してますよ、ポール(*^_^*)

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頭から水をかけられたポールの女性弁護士さん

2008/03/20 09:42|ポール・マッカートニーTB:0CM:19
ニュー・アルバムを出したくらいではニュースにならないポール・マッカートニーですが、離婚となるとYahooニュースのヘッドラインに連日登場しています。

離婚ネタって、大衆の注目の的なんですねえ。

まったく不誠実だった=マッカートニー離婚調停で判事が妻を酷評
3月19日15時39分配信 時事通信

【ロンドン18日AFP=時事】元ビートルズメンバーのポール・マッカートニーさん(65)の離婚調停が17日にまとまり、別居中の妻のヘザー・ミルズさん(40)に2430万ポンド(約47億円)が支払われることになったが、調停を担当したヒュー・ベネット判事は18日、ミルズさんが調停中、まったく非現実的な要求を持ち出すなど、とても誠実といえた態度ではなかったと明らかにした。

 調停で1億2500万ポンドを要求していたミルズさんは調停の詳細を公表しないように裁判所に求めていたが、同判事はこれを拒否し、4年間しか結婚期間がなかったミルズさんがいかにマッカートニーさんに過度な要求をしたかを明かしている。

 同判事によると、ミルズさんは将来の長期間にわたって、マッカートニーさんと同じ水準で、別れる前と同じ生活スタイルの維持が保証されることを強く主張したという。同判事は、別れた妻が以前とまったく同じ水準の暮らしを続けるのを期待することが極めて非現実的であるのは明らかだと指摘している。

 同判事はまた、ミルズさんの証言は矛盾だらけで不正確だったとし、調停の途中でマッカートニーさんの弁護士が、ロンドン郊外の不動産のローン料として48万ポンドを請求したミルズさんに対して、その不動産には返済するローンなど残っていないと不正を非難したことも明らかにした。
 ミルズさんは18日、同判事の批判に対して「極めて悪意に満ちたものだ」と怒りをあらわにするとともに、調停の全容を公表しないよう求めたのは、自分の住所も含めて公表されれば自身や子供に危険が及ぶ恐れがあるからだと反論した。

 しかし、17日の調停の最後にマッカートニーさん側の女性弁護士にコップの水を頭から浴びせたとの話については事実だと認めた。


>調停で1億2500万ポンドを要求していた

とのことですから、へザー・ミルズの要求額は約242億円だったんですねー。
最初に報道されていた慰謝料の総額が5500万ポンド(約115億円)で、この金額でも十分驚いていたんですが、その倍以上だったとは。

ポールのような資産家かつ財産相続人がややこしい(先妻の子供がいる)などの場合は、結婚の際に離婚の条件を決めておくというのは必須なんでしょうかねえ。
「結婚の際に離婚の条件を決めておく」については、下記のエントリーをご参照ください。
離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

>17日の調停の最後にマッカートニーさん側の女性弁護士にコップの水を頭から浴びせたとの話については事実だと認めた

こんなことをすると判事の心証を悪くして、調停で不利に働くのはわかりきったことだと思うんですが、逆上すると自分をコントロールできない性格なんでしょうね。

離婚裁判の中で、2006年末から2007年にかけて

「離婚書類に記載されたヘザーのそれらの主張は、4度にわたるポールの暴力にふれられている。
ポールはワインボトルからワインを浴びせ、壊れたワイン・グラスで刺した、不法なドラッグをたびたび使用していた、2002年11月ロサンゼルスでポールが首をつかんで、コーヒー・テーブルに突き飛ばした、2003年、ヘザーが妊娠中、ポールが浴槽の中に突き飛ばしたと書かれている。」


「昨年のヘザー・ミルズの驚くべき主張、―ポールが彼女に暴力を振るい、彼女の身体が不自由なことをからかった―というは、いとも簡単にポールの弁護士たちによって打ち破られた。
ポールの弁護団は、ヘザーが夢想家であることを詳細に説明し、ヘザーのポールに対する主張を整然と打ち破っていった。簡単に勝利が自分のものになることを確信していたヘザーの怒声が、法廷内に響き渡ったという。」


という経過があったのですが、家庭内で暴力をふるっていたのはへザー・ミルズの方だったのではないかと勘ぐってしまいます。

ポールの伝記には、まっとうなものから悪意に満ちたものまで様々あるのですが、ポールが暴力をふるう人間だという記事は、少なくとも私の知る限りでは1つもないんですよ。

ちなみにヘザー・ミルズに頭から水をかけられたとう女性弁護士はFiona Shackleton(フィオナ・シャクルトンさんで、チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚訴訟も担当している大物離婚専門弁護士です。

Fiona Shackleton

見た目はなんか派手なおばちゃんですが・・・(^ ^;

ありがとう、Fiona Shackletonさん

風邪ひかないでね(^_-)-☆

AFP通信からの詳しい記事がありました。

ロンドン(London)の高等法院で行われていた、元ビートルズ(The Beatles)のポール・マッカートニー(Paul McCartney)さん(65)と妻で元モデルの慈善活動家ヘザー・ミルズ(Heather Mills)さん(40)との離婚協議で、ミルズさんがマッカートニーさん側のフィオナ・シャクルトン(Fiona Shackleton)弁護士に「水差し一杯の水」を頭から浴びせていたことが明らかになった。ミルズさんが18日、語った。

 シャクルトン弁護士は普段、ブロンドの髪を完ぺきにセットしたヘルメットのような髪型で知られているが、2430万ポンド(約47億円)の慰謝料で合意が成立した17日、協議を終え法院から姿を見せたときには、「シャワーを浴びた直後」のような髪型になっていた。この時ミルズさんは誰が関わったかについては言明しなかったが、同弁護士が法廷内で「洗礼」にあったと語っていた。

 18日に報道陣に経緯を聞かれたミルズさんは、協議の最後に同弁護士に近づき、「わたしは負け犬なんかじゃない!」と言って「水差しの水全部」を頭から浴びせたことを明らかにした。また、当時の様子について、「わたしはとても冷静だった」と答えた。


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ポール・マッカートニー離婚訴訟に決着

2008/03/18 09:49|ポール・マッカートニーTB:1CM:18
ポールへザー・ミルズの離婚訴訟に決着がついたようです。

ポール・マッカートニーさん、妻に47億円で離婚成立
【ロンドン=中村宏之】ビートルズの元メンバー、ポール・マッカートニーさん(65)が別居中の妻のヘザー・ミルズさん(40)との離婚をめぐって法廷闘争を続けていた問題で、英裁判所は17日、マッカートニーさんに対し総額2430万ポンド(約47億円)をヘザーさんに支払うよう命じる決定を行った。

マッカートニーさんが支払う金額は約8億2500万ポンド(約1600億円)とされる資産額の約3%に相当する。ヘザーさんは裁判所に詰めかけた英マスコミの前で「満足している」とコメントした。マッカートニーさんは足早に裁判所を立ち去った。

二人の離婚をめぐっては財産分与額などで協議が難航し長期化。ヘザーさんに支払われる金額が英メディアに注目されていた。
3月18日0時49分配信 読売新聞


訴訟が始まった頃に提示されていた慰謝料が5500万ポンド(約115億円)で、最終的な金額が2430万ポンド(約47億円)ですから、裁判が進むにしたがって、ポールに有利な状況になっていったものと思われます。

今までの訴訟の経過はこちら。
→離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える
→ポールの離婚訴訟と世界ツアーへの期待

弁護士の力量の違いももちろんあるのでしょうが、離婚に至った過程が明らかになるにつれて慰謝料が減額されたということは、ビートルズ・ファンの気持ちを軽くしてくれます。

離婚訴訟が終わり、夏にはニュー・アルバムをリリースして、秋からの世界ツアーを待ってるぜ! ポール

Paul_McCartney_on_stage_in_Prague.jpg

ところで、今後へザー・ミルズはどういう人生を歩んでいくのでしょうね。

ジョン・レノンがシンシアと離婚した時に、ビートルズを取り巻く人たちはジョンの機嫌を損ねるのを恐れて誰もシンシアに近づかなったのですが、ある日、1人の男が1輪の薔薇の花と手紙を持ってやって来たそうです。
その男の名前は、ポール・マッカートニー。
手紙にはジョンシンシアの1人息子ジュリアンを励ます歌、「Hey Jude」の歌詞が書いてあったそうです。

今回へザー・ミルズの元を訪れる人はいるのでしょうか?

・・・いるでしょうね。
慰謝料47億円も手に入るし。。。(−_−;)

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ポールの離婚訴訟と 世界ツアーへの期待

2008/03/15 15:28|ポール・マッカートニーTB:0CM:10
ポールとへザー・ミルズとの離婚訴訟については、今年2月のエントリーで詳しく書いてるんですが、
その時の慰謝料の総額は5500万ポンド(約115億円)だったんですよね。
→離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

しかしこの金額にへザー・ミルズが合意しなかったため、判事が解決金の額を提示して改めて調停することになっていたんですが、
→マッカートニーさんの離婚協議決裂 判事が解決金の額提示へ

本日のニュースでは、慰謝料の金額が半額以下の約2500万ポンド(約50億円)に減っています。
Paul Heather3

マッカートニーさん 約50億円支払いで合意 英夕刊紙報道
2008.3.15 09:32
 【ロンドン=木村正人】14日付の英夕刊紙イブニング・スタンダードは、元ビートルズポール・マッカートニーさん(65)と2番目の妻ヘザー・ミルズさん(40)の離婚協議で、マッカートニーさんが約2500万ポンド(約50億円)を支払うことで双方が合意したと伝えた。
 同紙によると、高等法院のベネット判事が17日に裁定を下す予定で、その予備判決書の写しが双方の弁護団に送られた。ミルズさんは提示された約2500万ポンドを受け入れる方針という。
 英国では保険ブローカーのジョン・チャーマン氏が4800万ポンド(約96億円)の支払いを命じられたのが離婚解決金の史上最高額。今回それを上回る金額に達するとみて報道が過熱していたが、見込みが外れたようだ。
 マッカートニーさんは1998年、1人目の妻リンダさんを乳がんで亡くし、交通事故で片足を失ったモデルのミルズさんと2002年に結婚、06年に別居していた。


ポールの代理人からの正式な声明はまだありません。
まあイギリスの夕刊紙というのは、日本でいえば「夕刊フジ」みたいな感じなので、どこまで信用していいものかわからないところがあるんですが、離婚訴訟がポール側に有利な方向で解決に向かっているということでしょうね。

現在ポールはニュー・アルバムの制作を行っています。

ポールがニュー・アルバムの製作を開始した。広報担当者によると、ポールは先週(2月の第4週め)からレコーディングを開始した。曲作りはしばらく前からしている。アルバムは夏までには仕上がるだろうとコメントした。ポールは、ファイアーマンでタッグを組んだユースとふたたびコラボレートしていて、現在もイースト・サセックス州Ickleshamにあるユースのスタジオで断続的にレコーディングを行なっている。

離婚訴訟がこのまま解決すれば、ニュー・アルバムをひっさげて今秋から世界ツアー、という展開が期待できると思います。
ワクワク(*^_^*)

2008年2月20日のブリット・アワードのポールの演奏をアップしようとしたら、著作権違反でYouTubeから削除されていました(´・ω・`)ショボーン

で、今日はブリット・アワードのリハーサルで我慢です。

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離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

2008/02/11 17:03|ポール・マッカートニーTB:0CM:14
ポール・マッカートニーとへザー・ミルズの離婚訴訟に決着がつく見通しとなりました。
ネットのニュースなんかでも配信されてますが、私のお気に入りブログへリンクを。
「さり」の快適生活

Paul Heather

ポール離婚 妻へ115億円支払い

 元ビートルズのポール・マッカートニー(65)が、元モデルの妻ヘザー・ミルズさん(40)に総額5500万ポンド(約115億円)を支払うことでの離婚訴訟が決着する見通しとなった。9日付英紙デーリーメールが伝えた。この金額はポールの推定総資産8億2500万ポンド(約1724億円)の約7%。

 内訳は、財産分与が2000万ポンド(約41億8000万円)で、離婚をめぐる分与額としては英国で過去最高。これに加え、03年、2人の間に誕生した女児ベアトリスちゃん(4)が18歳になるまでの養育費として年間250万ポンド(約5億2250万円)を計14年にわたり計3500万ポンド(約73億円)を支払う。

 へザーさんへの条件としては(1)破局の原因を公にしない(2)今後5年間、海外生活を求めない(3)米メディアにレギュラー出演できないなど。ベアトリスちゃんをめぐっては(4)今秋からの義務教育(5〜16歳)は英国で始める(5)隔週でポールにも過ごす権利がある――ことなどが含まれるという。

 ノース・ロンドン、サセックス、スコットランド、ニューヨーク、ロサンゼルスの不動産はポールが所有する。

 夫妻は02年に結婚、06年7月に離婚を申し立てた。共同電によると、今月11日からは法廷で非公開の審理が予定。同紙は「双方とも条件面で原則合意した」と伝えた。


とまあ、ネットで配信されている情報はこれくらいですね。

約115億円の慰謝料というのが当然話題になっていますが、これは有名人の離婚慰謝料の第3位に相当するようです。

米経済誌「フォーブス」が昨年発表した、芸能人などの有名人が離婚した際に支払われた慰謝料の推定金額リストによると、首位は元NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンの推定1億5000万ドル以上でした。
マイケルジョーダン

1億5000万ドル「以上」ですから、159億円「以上」ですね。
2位が米歌手のニール・ダイアモンドとマルシア・マーフィ夫妻で、推定1億5000 万ドル(159億円)。

3位は昨年の時点では映画監督のスティーヴン・スピルバーグとエイミー・アーヴィング夫妻で1億ドル(約106億円)でしたから、ポールとヘザー・ミルズの離婚慰謝料はこれを抜いて歴代3位というわけです。

慰謝料の金額については正直なところ、私は大して興味がありません
自分に入ってくるわけじゃないんだし(当たり前じゃ)(笑)、
なにより慰謝料の金額は単に資産に見合った金額というだけであって、それがポール・マッカートニーという人物を表しているわけではないからです。

どちらかというと、私はこの離婚訴訟の経過に興味があります。
ニュースの記事を引用しながら、振り返ってみましょう。

ポールへザー・ミルズが結婚したのは2002年6月のことで、離婚について公式なニュースが流れたのが2006年5月でした。
2006年5月の第一報は、次のようなものです。

ロンドン時間5月17日午後、ポールとヘザーは話し合いによりそれぞれ別々の道を歩むことになったという声明を連名で出した。以前からロンドンの関係者の間では、ふたりのすれ違いが噂されていたが、この声明によりふたりはお互いの友情を確認しつつも、別居に踏みきったことになる。声明文は以下のとおり。

「私たちは、私たちを取り囲む日々のプレッシャーのなか、夫婦関係をうまくいかせようと必死で頑張ってきました。別々の道を歩むというこの決断は、悲しさを伴うものでした。私たちの別れは友好的で、ふたりともお互いのことを今もなお強く気にかけています。私たちのプライバシーが絶え間なく侵害されるなかで、通常の夫婦関係を維持するのがますます困難になり、私たちは子供のプライバシーを積極的に守ろうと努力してきました。どんなカップルであれ、別れはつらいものですが、公のなかでこのようなことを経験することは、特に幼い娘がいる状況では、大きな精神的負担でした。私たちがこの辛い時期を乗り越えられるよう、幼い娘のためにも、そっと見守っていただければ幸いです。」

また、この際のポール個人の声明は、以下のようなものでした。

僕とヘザーが今経験していることの最悪な側面のひとつは、一部のマスコミで行なわれている、噂と捏造された記事の悪意に満ちた流布です。
みんなが僕たちのために何かしてくれるとするならば、それらの話を信じず、僕たちが耐えなければいけない辛い記事を無視してほしいのです。この辛い時期におけるこういう側面に、僕たちはひどく困惑しています。
これに関してみんなの協力をもらえれば幸いだと思っています。


そして直後から、マスコミの間で慰謝料の額についての報道が飛び交うようになります。

マスコミは離婚になればポールが払うことになるであろう膨大な慰謝料の話題に固執しているが、法律専門家によればポールは推定15億ドルの資産の4分の1を失うかもしれないとのこと。たとえば4億ポンドであれば、日本円で約830億円となる。この離婚が厄介な裁判沙汰に発展することはないだろうと弁護士たちは見ているが、ポールが「ロマンティックでないから」と結婚前に同意書にサインしなかったことに対し、ポールは示談という形で大きな代償を払うだろうと彼らは語る。
当然ポールは、ヘザーが自分の資産に引きつけられ結婚したことを否定している。


ここで、ポールが結婚前に「離婚する場合の条件についての契約書」にサインをしていなかったことが明らかになります。
結婚の際に離婚の条件を決めておくというのは日本ではなじみのない制度で、私もポールの離婚騒動で初めて知ったのですが、海外の資産家の間では一般的なことなんだそうです。
離婚時に財産分与や慰謝料について、もめないためですね。
再婚者の場合は財産の相続権を持っている人物が多く、複雑になりがちなのでなおさらです(注:ポールへザー・ミルズは、どちらも再婚同士)
Paul Heather2

日本であれば、結婚の際に離婚の条件を決めておくなんて「不謹慎」「縁起が悪い」といわれるでしょうが、欧米人にはそこまで違和感はないようです。
理由は、欧米人は結婚を「契約」と考えている面があるからです。
教会で結婚式を挙げると、神父や牧師から「婚姻における誓いの言葉」として「健やかなる時も、病める時も、死が2人を別つまで、お互いを伴侶であることを認めますか?」と尋ねられますが、これは裏を返せば「死んだらこの契約は終わり。この契約は死によって破棄されます」という意味でもあります。
結婚の際に結婚が終わる条件を(形式的ではありますが)確認する習慣なのですから、離婚によって結婚が破棄される場合のことを考えるのも、欧米人にとっては的外れなことではないのです。

しかし、ポールはこの「離婚の条件を決めておく」のを拒否しているのです。
理由が「ロマンティックでないから」なんて、本当にロマンティックではありませんか(笑)
とまあ、冗談はさておき、これはポールへザー・ミルズに対する誠実さの証だったのでしょう。
資産家のポールと再婚するへザー・ミルズへの「財産目当て」という非難から、彼女を守ってやろうという気持ちの表れだったのだろうと思います。
そして実際に離婚することになった時にも、へザー・ミルズポールの財産目当てで結婚したのではないことを表明し、へザーを世間の好奇の目から守ろうという気遣いまでしているのです。

60歳のポールが25歳年下の女性と再婚することについて、「いい年をして、このエロおやじ」的な報道はたくさんありました。
しかしこれだけの固い決意と誠意を持って、真剣に新しい女性と添い遂げようとした決意を、私は非難する気になれません。

まあ、結局は離婚するんですが(^_^;

その後しばらくは穏やかな離婚訴訟だったのですが、急にどろどろした展開になったのは2006年10月
ポール家庭内暴力をふるっていたと、へザー・ミルズが声明してからです。

ポールがヘザー・ミルズの首をしめようとしたり、妊娠中の彼女に暴力をふるったという衝撃的なヘザーの発言が世界中のマスコミを騒がせている。
ヘザーが主張したことに対して、ポールは「ショック状態で打ちのめされている」と伝えられる。
離婚書類に記載されたヘザーのそれらの主張は、4度にわたるポールの暴力にふれられている。
ポールはワインボトルからワインを浴びせ、壊れたワイン・グラスで刺した、不法なドラッグをたびたび使用していた、2002年11月ロサンゼルスでポールが首をつかんで、コーヒー・テーブルに突き飛ばした、2003年、ヘザーが妊娠中、ポールが浴槽の中に突き飛ばしたと書かれている。
ポールは来年、法廷でそれらの主張に対して反論するつもりであることが伝えられた。
ある情報筋:「ポールは全面的にそれらの主張を否定した。ポールはこのように非難されることは信じられないと語っています。彼は憤っている。彼はヘザーのことをひたすら気遣っていたのに」

またヘザー・ミルズは、ポールが最初の妻リンダを殴っていた、という驚くべき主張をした。この主張を聞いて、ヘザーの支持者たちでさえ疑問符を投げ掛けた。
ポールが壊れたワイン・グラスでヘザーの腕を突き刺したという離婚書類が表ざたになったのに続き、この主張は発表された。彼女は、法廷でも同じ主張をすると語っているという。


このヘザー・ミルズの声明は当然、離婚訴訟を有利にするための作戦の1つだったのですが、翌月にはヘザーの声明を否定する証言が多数寄せられ、2007年3月の法廷でほぼ全面的に否定されました。

(2007年3月)先週の水曜日と木曜日、ロンドンの法廷内で起きたことの詳細が、初めて明らかにされた。ポールの関係者によると、ポールは圧勝の一歩手前だという。

昨年のヘザー・ミルズの驚くべき主張、―ポールが彼女に暴力を振るい、彼女の身体が不自由なことをからかった―というは、いとも簡単にポールの弁護士たちによって打ち破られた。
ポールの弁護団は、ヘザーが夢想家であることを詳細に説明し、ヘザーのポールに対する主張を整然と打ち破っていった。簡単に勝利が自分のものになることを確信していたヘザーの怒声が、法廷内に響き渡ったという。
裁判官によって、ヘザーの証拠の多くは「証拠能力なし」と規定された。
もっともヘザーにとってダメージとなったのは、彼女の公的発言をくまなく調査してポールの弁護団が作成した「真実と嘘」書類一式だった。

ポールは裁判所を去るときは、どの日も、ヒューっと口笛を吹き、お決まりの「ピース」サインをして去っていった。そのピースサインは、「ビクトリー」のVに解釈されている。対照的に、ヘザーは頭を下げたまま、険しい表情で去っていった。
ポールの弁護団は、ヘザーがここ何年ものあいだに公言したことについて、徹底的に聴き取り調査をしてきた」と、法的関係者は言う。
「彼らはまた、本、記事、ウェブ投稿まで、ヘザーが書いたものすべてを調査し、些細な矛盾点までも探した。また、ヘザーがコールガールだったことに対して否定している点にも着目した。それはもちろん両者にとって気分のいいことではありませんが、嘘の発言をしているのはヘザーなので、仕方がないことなのです」
ヘザーの弁護団は、できるだけ早く和解するようアドバイスしているという。


そして実は2007年10月には、慰謝料の金額についてはほぼ同意に達しているのです。
(今回の報道よりも多い金額でしたが)

10月12日、ポールとヘザーは、ロンドンの王立高等法院で行なわれた離婚調停についての話し合いの後、裁判所から出てきた。ダークグレーのスーツ姿のポールはVサインをしていた。一方、ボディガードに付き添われたヘザーは、待ちかまえていたカメラマンや記者から顔を隠し立ち去った。

午前10時30分から午後6時30分くらいまで行なわれた長い話し合いだったが、ポールが7,000万ポンド(約150億円)を支払うということで合意は成立はしていたものの、ヘザーがポールとの結婚生活をテレビのドキュメンタリーで回想するという番組、また結婚生活の回想録を本にするという計画をとりやめない為、調停では終わらず裁判になる可能性が大きい。またベアトリスの養育権についても未解決となっている。ポールは現在週の半分は子育てにあてているなど、ベアトリスを手放したくないとのこと。


それでは昨年の10月から今年の2月まで、裁判で何を争っていたかというと、2人の間の子供であるベアトリスの親権です。
ポールにとっては残念なことに、親権はへザー・ミルズへと渡ってしまいましたが、年間約5億2250万円もの養育費を支払うことを認めたのも、ひとえに娘かわいさのためでしょう(金額的には親バカが過ぎますが(>_<)!!!!!)

そして注目すべきは、この離婚訴訟の間ポールは「非常にショックを受けている」という内容のコメント繰り返すのみで、へザー・ミルズの人格を攻撃するようなコメントを少なくとも公には表明していないのです。

大きな資産を持ちながら結婚時に離婚の条件について検討せず、離婚が決まった際にも相手を思いやるコメントを出し、離婚裁判中も相手を誹謗・中傷せず、最後まで子供の親権を欲しがったポール

いい年をしたエロおやじどころか、敬愛すべき紳士、愛すべき私たちのポール・マッカートニーそのものではないですか!!

1998年に先妻リンダが亡くなっていなければと、叶わないことを願っても仕方がないのですが、離婚訴訟に決着がつくことでリンダがそばにいた頃のように、ポールに心の安らぎが訪れることを願ってやみません。

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ポールの最新インタビュー と ビートルズ再結成

2008/01/25 17:14|ポール・マッカートニーTB:0CM:14
産経新聞がポールに電子メールでインタビューを行って記事にしていましたので、ご紹介します。今のところでは1番新しいポールのインタビューだと思います。
→産経ニュース2008.1.17
産経ポール

なぜ産経新聞がポールにメールを? と思ったのですが、もしかしたら今年噂されている来日公演の計画に、フジサンケイ・グループが関係しているのかも知れませんね。

それでは記事の内容をご紹介していきましょう。
ところどころで私のコメントを入れさせてもらってますm(_ _)m

特別インタビュー ビートルズ再結成「いい考えではない」とポール

 ポールさんは、1970年のビートルズ解散から現在までの約37年間の音楽活動を総括するDVD3枚組の映像作品「ポール・マッカートニー・アンソロジー 1970−2005」を発表したばかり。来年以降、ビートルズの楽曲のオンライン販売にも本格的に乗り出す意向だ。
 今回の映像作品について「もうすぐビートルズ解散から40年の節目で、製作時期としては今がベストだった」と説明する。「2、3年かけて古い映像やサウンドをクリアにしたけれど、まるで新しい作品のようになったよ」と述べ、コンピューターを駆使した最新技術に驚いたよう。


ビートルズ解散から40年の節目? 2007年から40年を引いて、1967年にビートルズが解散??
1967年といえばロックの革命的アルバム「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」 を発表した年で、ビートルズの絶頂期ではないですか(@_@)!!!!!
こんなことをポールが間違えるとは思えませんので、きっとインタビュアーさんの誤訳なんでしょうね(^_^;

 ザ・フーやイーグルス、レッド・ツェッペリン…。欧米では60年代末から70年代に活躍した大物バンドの再結成ラッシュが続く。ビートルズも…というファンも少なくないが。
「ジョージ・ハリスン(2001年死去)が存命中、彼と僕、リンゴ・スターの3人で話し合った時も、それはいい考えではないとの結論に達していたよ。お互い一緒に演奏するのは好きだけど、ジョン・レノン(80年死去)もジョージもいない半分のビートルズなんて仕方ないだろ? かなり小さなグループだよね」
 自身にとって、ビートルズとは「世界一のバンドだった。興味深い文化的現象でもあったね。でも当時は、40年後も人々が僕たちの楽曲を聞いているなんて想像すらできなかったよ」と述懐する。


アンソロジー・プロジェクトのためにポールとジョージ、リンゴの3人が集まった時の話でしょうね。
本気で話し合ったわけではないと思いますが、「再結成について」なんて話もしてたんですねえ。
仲良さそうにしていたアンソロジーでの3人の姿が目に浮かびます。
beatle union

ライブ好きのポールとしてはもしかしたら、「1度くらい3人そろって