私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ジョン、ポール、ジョージの最古の映像発見?

2017/03/20 16:00|Fab 4TB:0CM:0
こんなニュースがありました。

ジョン、ポール、ジョージ、1950年代の警官募集映像に映り込んでいた?

50年代終わりに制作された英国リバプール警察の仕事を紹介し警官を募集するドキュメンタリーに、ジョン・レノンとジョージ・ハリスン、ポール・マッカートニー、それにポールの弟マイケルが映り込んでいるらしい。

彼らは、ポールの家の裏にある警察の訓練場で行なわれた騎馬隊の技能を披露するイベントを納屋の上から見学していたようだ。観客席が映った映像(34分31~34秒の部分)の左側に、建ち並ぶ家の1つで2階部分に数人いるのが見える。これが彼らではないかと推測されている。

リバプールの歴史家でザ・ビートルズ・ファンのPeter Hodgson氏は、『Liverpool Echo』紙にこう話した。「この映像はServiceと呼ばれている。僕がYouTubeで見つけたものは1950年とあったが、ちょっと調べてみたら、1958年に作られたものだった。マッカートニー家はそのころフォースリン・ロードに住んでいた。警察の訓練場の裏だ」「20フォースリン・ロードの裏庭のコンクリート製の納屋の上に4~5人いるのが見える。ポールとマイケルが住んでいた場所だ」

映像を見せられたポールの弟マイケルは「ワオ! 僕らに違いない」と同紙に語った。「あれはリバプールではビッグなイベントで、僕らは毎夏、デッキチェアを持ちコンクリートの納屋に上って、ただでショウを観ていたんだ。あの年、ジョンがいた可能性は高い。彼の友人が警官の見習いだったんだ。ジョージだってその場にいた可能性大だ。すごい。興味深いし信じられないよ」

事実であれば、3人の姿を捉えた最も古い映像になるという。


とまあ、お宝映像発見! のニュースなんですが、とりあえずそのドキュメンタリーをご紹介しましょう。

おわかりになりましたでしょうか? 3人(4人)の姿が。

>観客席が映った映像(34分31~34秒の部分)の左側に、建ち並ぶ家の1つで2階部分に数人いるのが見える

まず、34分31~34秒の部分がこちら。
警官募集

そして、3人(4人)とおぼしき姿がこちら(白枠内)。
警官募集白枠

4つの白い点ありますが、顔はおろか人影かどうかもわかりません。残念ながら。これを見て自分達だと確信したマイケルが不可思議というか、彼の記憶を信じるしかありませんね。警官見習いのジョンの友人というのは、クオリーメンのピート・ショットンとのことです。

顔がわかる映像なら本当にお宝映像発見だったのですが、こんな不確かな映像でもニュースになるところにビートルズ人気の根強さを再認識させられました。

本当にジョン、ポール、ジョージが写っているのかはわかりませんが、当時のリバプールの街並みや港の様子、人々の姿が出てきますので、ビートルズが育った時代の雰囲気を感じることができるドキュメンタリーです。
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デビュー前のデモ用レコードがオークションに

2016/06/14 09:50|Fab 4TB:0CM:0
少し前ですが、こんなニュースがありました。


ザ・ビートルズ、デビュー前のレア盤が1200万円で落札
2016-03-24 17:00:58

beatles demo record

マネージャーのブライアン・エプスタインがザ・ビートルズを売り込むのに使用した――ザ・ビートルズ初のレコードと考えられている――10インチのビニール盤が、火曜日(3月22日)開催されたオークションで、7万7,500ポンド(約1,240万円)で落札された。予想価格(1万ポンド)の8倍近くの値をつけた。

しかし、それでも安いかもしれない。この10インチ78rpm盤のことを、ザ・ビートルズ研究家のマーク・ルイソンは「ザ・ビートルズのレコードの中で最もレアで最も収集価値のあるもの」と、『レコード・コレクター・レア・レコード・プライス・ガイド』の編集者は“聖杯”と評していた。

プロデューサーのジョージ・マーティンに手渡され、レコード契約を得るきっかけとなった貴重な作品である上、エプスタインが記した曲名にスペルの間違いがあるなど、ユニークな特徴を持つアイテムでもある。

レコードはマーティンから返却後の1963年、エプスタインがジェリー&ザ・ペースメイカーズのキーボードリスト、レス・マクワイアにプレゼント。このことをすっかり忘れていた彼の家の屋根裏からおよそ50年ぶりに発見された。オークションに出品するのは初めてだった。

身元は明かされていないが、英国マンチェスター在住の男性が落札したそうだ。



オークションの落札価格って、いつも予想価格より高額な気がしますね。予想価格=最低落札価格なのか、あるいは予想価格を低く見積もっておいて実際の落札価格との差が大きかったことを話題にしようとしているのかわかりませんけど。

エプスタイン所有でビートルズの4人はもちろん、ジョージ・マーティンらが手に取り耳にしたレコードですから、とても貴重な品ですね。

レーベルの部分の文字がエプスタインではなくてメンバーの直筆なら、落札価格はさらに数倍になったと思います。

さて、このレコードはビートルズの売り込みのために作ったわけですが、特記すべきことがいくつかあります。

両面に収録されている曲と、その書き込みについてです。

片面にはレノン=マッカートニーのオリジナル曲「Hello Little Girl」、もう片面にはカバー曲の「Till There Was You」。

「Hello Little Girl」はジョンが初めて作った曲と言われてまして、後にThe FourmostやGerry and the Pacemakersがカバーしてヒットしますから悪い曲ではないんですが、ビートルズにしてはやや甘ったるいというか、ノリノリのロックではないんですよね。

ビートルズが曲を自作できることをアピールしようと考えたんでしょうけど、「I Saw Her Standing There」なども既にレパートリーにあったのに。

キャバーン・クラブでのロックなビートルズに衝撃を受けたエプスタインですが、メジャー・デビューするにはアクの強いロックよりもさわやかなポップス(当時そういう言葉があったかはわかりませんが)の方がいいと考えていたんでしょうね。

デビュー後にこの曲をビートルズが新たにレコーディングすることはありませんでしたが、デモ用のこの曲の演奏はアルバム「Anthology 1」で聴くことができます。


そしてとても意外な選曲が「Till There Was You」。

いくらポールのお気に入りでライブの定番曲だったとしても、たった2曲のデモ用になぜこのバラード曲を選んだんでしょうか。

おまけにカバー曲だし。

思うに、やはり当時の世間の音楽の嗜好に合わせたんじゃないでしょうかね。

裏を返すとこれらの選曲から、1960年代初頭におけるロックやビートルズのオリジナリティの斬新さ、革新性をあらためて感じます。

そして選曲とともに興味深いのが両面の「JOHN LENNON & THE BEATLES」と「PAUL McCARTNEY & THE BEATLES」の書き込みです。

ジョンとポールが対等な立場でリード・ボーカルをとっていたビートルズですが、エプスタインはデビューにあたってはボーカルを1人に決めるべきだと考えていたんじゃないでしょうか。

ただ自分では決められないし(メンバーも怒るでしょうし)、そこはレコード会社で決めてもらおうと。

「JOHN LENNON & THE BEATLES」、「PAUL McCARTNEY & THE BEATLES」という書き込みは、その考えの表れだと思います。

私たちはビートルズのスタイルに慣れてしまっているので違和感を感じてませんが、確かに彼らのように完全にイーブンなボーカリストが2人いるバンドって他にないんですよね。

ならばエプスタインがどちらか1人に決めないといけないと考えていたのも当然だと思いますし、そしてこのままリード・ボーカル2人でデビューさせようと決めたジョージ・マーティンの偉大さをあらためて知るところです。
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イギリスのビートルズ人気曲ランキング

2015/11/19 16:10|Fab 4TB:0CM:4
「ビートルズの好きな曲ランキング」というのは今までに何度も行われていますので、今さら取り上げることでもない気はしてますが、日本とちょっと好みが違って面白いなと思いましたので、感想を書きます。

(追記:コメントでご指摘いただきましたが、このランキングはビートルズ全曲が対象ではなく、アルバム「ビートルズ1」からの選曲のようです。ですので記事の内容《というか、わたしの感想》におかしい部分があることを、ご了承ください)


11月11日、イギリス最大かつ最古の民間放送局ITVが全国的に行った「イギリス最大人気のビートルズNo.1ヒット」のアンケートで‘Hey Jude’が1位となったと発表した。
これはビートルズのドキュメンタリー番組で発表されたもの。番組のゲストにはノエル・ギャラガー、ジュールズ・ホランドといったビートルズ・フリーク、およびビートルズと関わりのあるアーティストが出演した。
以下が発表されたアンケートの結果。

ITVが発表した完全なチャートは以下の通り:

1. Hey Jude
2. Yesterday
3. Let It Be
4. Eleanor Rigby
5. All You Need Is Love
6. Penny Lane
7. I Want To Hold Your Hand
8. The Long and Winding Road
9. A Hard Day’s Night
10. She Loves You
11. Come Together
12. Something
13. Can’t Buy Me Love
14. Love Me Do
15. Help!
16. Ticket To Ride
17. We Can Work It Out
18. Eight Days A Week
19. Yellow Submarine
20. Hello, Goodbye
21. Lady Madonna
22. Get Back
23. Paperback Writer
24. From Me To You
25. I Feel Fine
26. Day Tripper
27. The Ballad of John and Yoko


Hey Jude、Yesterday、Let It Beの上位3曲はファンならずとも知っている代表曲で、毎度お馴染みという感じですね。

27曲中ジョンの曲が9曲、ポールの曲が11曲、ジョンとポールの共作が5曲、ジョージの曲が1曲、リンゴの曲が1曲(作詞作曲はポールですが)で、数だけみればジョンとポールは2曲しか違わないんですが、トップ10だけみるとジョンの曲3曲に対して、ポールの曲は6曲で、ジョンの倍です。

意外に思ったのは「Eleanor Rigby」の「Let It Be」に次ぐ4位です。もちろんいい曲ですけど、以前はここまで上位に選ばれる曲じゃなかったと思います。ポールがライブでよく演奏してることが影響してるんじゃないでしょうか。

ジョンが亡くなって35年経ち、いっぽうでポールはまだ現役で音楽活動を続けており、「ビートルズ=ポール」というイメージがイギリスでも強くなっているのかなと感じました。

しかしですね。「The Ballad of John and Yoko」なんてジョンの私的な曲がランクインしてますから、決してジョンが忘れられつつあるわけでもないかと(笑)

アンケートの対象が一般人なのかビートルズのファンなのかによっても違ってくるとは思いますが、日本ならこの手のアンケートでいつもランクインする「Strawberry Fields Forever」「In My Life」「Ob-La-Di, Ob-La-Da」が入ってませんね。特に「Strawberry Fields Forever」が入ってないのは驚きです。

反対に、「Hello, Goodbye」は日本ならもっと上位にいくんじゃないでしょうか。

「Please Please Me」がランクインしてないのに「From Me To You」がランクインしてるのも意外ですね。「Please Please Me」が2枚目、「From Me To You」が3枚目のシングル曲なんですが、「「From Me To You」の頃からレコード・セールスが爆発的になりましたので、本国イギリスでは日本人が思っているより思い入れの深い曲なのかも知れません。BBCラジオ番組「Pop Go The Beatles」のジングルにも使われていましたし。

昔は自分だけのランキングを作って、カセットテープにマイ・ベスト盤を編集したりしていたものです。もう30年くらい前になりますけど(笑) 別々のレコードから曲をピックアップしてカセットテープに録音していくのは、現在のようにPCなどで編集するのと違って手間も時間もかかりましたが、楽しい作業でしたね。

かかった手間暇の分だけ、曲への愛着が深まった気がします。
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ポールとリンゴの共演って やっぱりうれしいもんです

2014/02/14 16:45|Fab 4TB:0CM:4
いろんなサイトで報道されてますので今さらかもしれませんけど、最近ポールとリンゴがアメリカで2回も共演しました。

まずは1回目。

ポールとリンゴ、グラミー賞で共演

1月27日(日本時間)、ロサンゼルスのステイプルズ・センターで行われた第56回グラミー賞授賞式で、ポールとリンゴが共演を果たした。

まず、最初はリンゴのパフォーマンスで’Photograph’を演奏。リンゴのバックはグラミーのハウス・バンドに加え、リンゴのオール・スター・バンドのメンバー、スティーブ・ルカサーも参加。バック・スクリーンには、リンゴが刊行した写真集“PHOTOGRAPH”に収録された写真が流れた。

その後、女優のジュリア・ロバーツが、「50年前にリバプール出身の4人組が歴史を変えました~」とビートルズの貢献を讃えるスピーチをした後、ポールが‘Quennie Eye’を演奏、リンゴがドラムを叩いた(ポールのバンドのドラマー、エイブ・ラボリエルJr.とツイン・ドラム)。曲が終わると、壇上から下りたリンゴとポールは手をつないで観客の声援に応えた。




で、2回目。

ポールとリンゴ、今度はビートルズ・トリビュートで共演

第56回グラミー賞授賞式の翌日(日本時間1月28日)にロサンゼルスのコンベンション・センターで行われたビートルズのトリビュート・コンサート「The Night That Changed America: A Grammy Salute To The Beatles」でポールとリンゴが前夜に続き共演を果たした。

まずリンゴが、そしてポールが自分のコーナーとして数曲ずつ演奏したあと、ポールがリンゴを招き入れ、‘With A Little Help From My Friends’と‘Hey Jude’を共演した。‘Hey Jude’を2人が共演するのは、1993年にロサンゼルスで行われたポールのコンサートにリンゴが飛び入りして以来、‘With A Little Help From My Friends’は2009年にニューヨークで行われたデビッド・リンチ・ファウンデーションによるコンサート「Change Begins Within」以来となる。

Ringo - Match Box, Boys, Yellow Submarine

Paul - Magical Mystery Tour, Birthday, Get Back, I Saw Her Standing There, Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band

Paul & Ringo- With a Little Help From My Friends, Hey Jude




ニュースを知って最初に思ったのは、

「アメリカ人ってホントにビートルズ好きだなあ」

でした(笑)

テレビゲーム「ROCKBAND」のビートルズ版が出たり、ビートルズのそっくりさんショーがブロードウェイで上演されたり、本国イギリスよりアメリカの方がビートルズ関連のイベントは多い気がします。

まあ人口が多いですからビジネスとして成立しやすいという理由もあるんでしょうけど、アメリカでも自国のスターかのような愛され方ですよね。

リンゴなんかツアーのメインはいつも北米だし。

昨年まではポールとリンゴのステージの動画を見てもどこか遠くでの出来事のように感じてましたが、昨年2人のそれぞれのステージを日本で生で観ることが出来たので、なんだかとても身近に感じます。

う~ん、生きているうちにもう1度観たい!(笑)

しかしこういう共演の動画をみると、ジョンが生きていたら、ジョージが生きていたらと、やっぱり頭をよぎりますね。

同じステージにいるというだけでも胸にグッときますし、ハモったりしたら悶絶もので(笑)
the-beatles_john-paul_george1.jpg

ポールとリンゴだとどうしてもハモリの感動が薄いんですよね、仕方ないですけど。

さて今回は贅沢なことばっかり書いてますので、贅沢ついでにもう1つ。

ポールとリンゴが共演するなら、是非「I Wanna Be Your Man」を演奏して欲しかったです。

好きな曲だということもありますけど、初期のビートルズでリンゴがボーカルをとってる曲って、ポールがとってもはりきってコーラスつけてるんですよね。

もう一度ポールのあの はりきりコーラスが聴きたいなあ(笑)



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ビートルズでMerry Christmas !

2012/12/24 18:00|Fab 4TB:0CM:2
クリスマス・イブの今宵、皆さんはどなたとお過ごしですか?

大半がクリスチャンでない日本人がクリスマスに はしゃぐ意味があるのかという声は昔からありますが、

幸せについて考え、自分だけでなく世界中の人達の幸せを願う日が、一年に一日あってもいいんじゃないかと思いますね。

まあクリスマスでなくてもいいと言われればそうなんですけど(^^ゞ


昔の記事でもご紹介したことがありますが、久しぶりにビートルズのクリスマス・ソングをアップします。

ビートルズが作ったクリスマス・ソングは「Christmas Time (Is Here Again)」の1曲のみです。

しかもファン・クラブ向けのクリスマス・レコードのために作られた曲なので、公式にリリースはされませんでしたが、アンソロジー・プロジェクトによるシングル「フリー・アズ・ア・バード」に収録されて、1995年に公式リリースされました。

「フリー・アズ・ア・バード」のリリースが12月だったので、この曲が同時収録されたんでしょうね。

ちなみに録音は1967年11月28日。

翌年からのクリスマス・レコードはメンバー各々が自宅で録音したものを編集するようになりましたので、4人そろってのクリスマス・レコードの制作はこの年が最後となりました。

即興で作った曲のようですが音楽活動の充実していた時期ですので、捨てがたい魅力のある曲に仕上がっています。

クレジットは4人の共作ですけど、メロディーの印象からはポールが中心に作ったんじゃないかと私は思います。

そして楽しそうなこの日のセッションは、なんと翌日の午前4時半にまで及んだそうです。

こんなに和気あいあいとレコーディングしていた4人が1年後のホワイト・アルバムのセッションではギスギスした関係になっているなんて、この日の誰も予想できなかったでしょうね。



さてこの曲、リンゴ・スターが自身のクリスマス・アルバムの中で1999年にカバーしてるんですが、

ビートルズの演奏とアレンジがほとんど変わってませんので、ビートルズが公式録音してたらこんな仕上がりだったんだろうという気分を味わうことができますよ。

リンゴの来日が今月だったら、きっとステージで歌ってくれたんじゃないでしょうか。



それでは皆さん、Merry Christmas ! 良いお年を!

それから、いつもブログを読んでいただきありがとうございます!

そして、来年もよろしく!(更新遅いですが・・・)
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ビートルズデビュー50周年!の雑感

2012/10/06 09:33|Fab 4TB:0CM:16
ご訪問ありがとうございます。

1日遅れてしまいましたが、2012年10月5日はビートルズのデビュー50周年にあたる記念日でした。


リアルタイムでビートルズを体験していない私ですが、

この世にビートルズが存在して、自分がその音楽を聴ける時代に生まれ、そしてビートルズを好きになった。

思うに、この3つが重なるなんて奇跡的ですよね。

どれか1つが欠けてたら、今の私ではないわけですから。

今までの自分の人生の中でラッキーだったことを挙げれば、このことは必ずトップ3の中に入ると思います。

ビートルズとの出会いは、それくらい私の人生を豊かにしてくれました。


デビュー50周年で巷は盛り上げるかと思っていたんですが、それほどでもないですね。

ビートルズ来日20周年の時は多くの音楽雑誌がビートルズを表紙にして特集を組んでましたから、あの時に比べるとひっそりとしているところに、50年という月日の長さを感じます。


それでも自分にとってのビートルズの存在の大きさを再認識して、デビュー50周年を迎えた私でした。

ちなみにこの私がブログを書き始めたのは2007年の11月19日。

最近は遅い更新ながら何とか続けて、来月で5年になるんですね~。

どうせなら10月5日に始めればよかったと、今思ってます(^^ゞ『人気ブログランキング』へ

ビートルズ再結成の昔話に思う

2012/02/27 21:52|Fab 4TB:0CM:2
昔からのビートルズ・ファンにとっては特に目新しくもないニュースなんですが、最近報道されてましたので一応ご紹介しておきます。


ポール、「実はビートルズの再結成の話はあった」!?

ビートルズの全員が存命中の頃、再結成の話が「2回程」上がっていたらしい。しかし「そこまでする情熱がなかったから、うまく行かなかった」ことをポール・マッカートニーが明かした。

ポール曰く、ビートルズの創作活動が完結したことに全員納得しており、その遺産に傷が付くんじゃないかと恐れていたというのだ。「もし再結成して、その時にちっともバンドとして良く無かったら、ビートルズの歴史がスポイルされてしまうじゃないか。再結成の話が上がっても、いつも説得力に今ひとつ欠けてたんだよ。皆“ああ、良いかもね、悪くないアイディアだよ”って言ってたけど、誰かしらが必ず否定的だったんだ。僕らは超民主的なバンドだったからね。誰かが“No”って言えばそれだけでやらない理由としては十分だったのさ」と話した。

確かに何年も経って再結成しても、かえって伝説に泥を塗るようなケースは数限りない。年を取ったからなのか、もう時代が違うからなのか、理由は様々。そしてビートルズという、生きながらにして伝説となってしまった世界1のバンドであれば、それはなおさらリスキーだったのだろう。でも、もし再結成していたとしたら、音楽の歴史も変っていたはず。そんな“もしかしたらあったかもしれない音楽の歴史”を夢想することも面白いが、今となっては誰にも分からないことだ。



ザ・ビートルズが再結成しなかった理由…ポール・マッカートニーが語る

ポール・マッカートニーが最新のインタヴューで、ザ・ビートルズのメンバーは何度か再結成について検討したことがあるものの、実現するにいたらなかったと話した。

いくつかの理由があったようだ。マッカートニーは『Rolling Stone』誌にこう話している。「何度か、ビートルズを再結成しようって話はあったよ。でも、意見が固まらなかった。十分な情熱が抱けなかったんだ。それにもっと重要なことは、ザ・ビートルズそのものを台無しにしてしまう可能性もあった。“なんだ、彼らはそんなによくなかったんだな”なんて思われたら、ひどい」

「再結成の提案は説得力があるものじゃなかった。“ああ、それはいい”ってときもあったよ。でも、必ず誰か1人が乗り気じゃなかった。それで十分だ。だって僕らは完全な民主主義だったから」
Ako Suzuki, London



もうニュースの通りで付け加えることも特にないんですが(笑)、いまだに再結成についての過去のエピソードが話題になるなんて、さすがビートルズといったところです。


ところでビートルズの解散は1970年末にポールが訴えた法的なビートルズの解散は1975年1月にロンドン高裁によって正式に認められました。

では1975年はビートルズの4人にとってどんな年だったかを振り返ると、

ポールはウイングスでアルバム「ヴィーナス・アンド・マース」で全英全米1位を獲得し、ワールド・ツアーを敢行。

ジョンはヨーコとよりを戻し、10月には息子ショーンが誕生。アメリカ政府との裁判に勝利して国外退去命令が撤回されるなど、充実した私生活を送っています。いっぽうアルバム「ロックン・ロール」発表後に、音楽活動は休止しました。

ジョージはアルバム「ジョージ・ハリスン帝国」発表後に、自分の音楽レーベル「ダーク・ホース」を設立。新人の発掘にも力を入れてます。

リンゴも小規模ながら自分の音楽レーベル「オー・リング」を設立。しかし音楽活動は特に行わず、ロサンゼルスやモンテカルロなどを放浪しながら気ままに暮らしています。


いや~、いいですねえ、1970年代。

ビートルズのメンバーの息遣いがすごいというか、4人がいきいきとしてますね。

今の時代にこんなに密度の濃いビートルズを感じることは、もうありませんから。

ビートルズの再結成の噂に本気で興奮できた時代が、うらやましくて仕方がありません。

今はビートルズの思い出をたどるのが、ファンの楽しみ方の中心ですからね。


それだけに今でもリアルな動きを見せてくれるポールとリンゴの存在は本当にありがたいですね。

それも後なん年続くのか。

昔の再結成のエピソードを読んで、なんだか切ない気持ちになった私でした『人気ブログランキング』へ

ビートルズの曲で人気投票第1位は?

2011/09/05 15:02|Fab 4TB:0CM:12
皆さん、ご無沙汰しています。

久しぶりの更新です(^^ゞ

ブログを始めた頃はだいたい週に2回というペースで更新してたんですが、何しろもう解散して4人のうち2人は故人となってしまっているバンドですから、さすがにネタ切れになってしまい、今では月刊ブログのような有り様で大変恐縮ですm(_ _)m


さて今回は小ネタで、もう私の感想をだらだら書くだけなんですが・・・(^^;


ビートルズ人気投票「ヘイ・ジュード」1位
2011.9.4 05:01

ビートルズの来日45周年を記念して、EMIミュージック・ジャパンが公式サイトで行った「2011年版 ザ・ビートルズのオリジナル全213曲楽曲人気投票」で、「ヘイ・ジュード」が1位を獲得したことが3日、分かった。

EMIによると、ビートルズの人気投票で「ヘイ・ジュード」の首位獲得は初めて。投票は6月1日から8月末まで3カ月間実施。同曲の投票は全体の17%を締め、2位の「イン・マイ・ライフ」を僅差で破った。

「ヘイ・ジュード」は、ポール・マッカートニー(69)がジョン・レノンの長男、ジュリアン・レノン(48)を励ますために1968年に書き下ろした応援歌で、今月2日にリマスター盤で再発売された全英&全米1位曲収録アルバム「ザ・ビートルズ1」にも収められており、担当者は「励ましを歌った楽曲なので、東日本大震災などの影響で人気が上昇したのでは」と分析している。



この手のアンケートは過去に何度も繰り返されており、目新しいものではないんですが。

だいたい一般の人を対象にアンケートをすると、今回のように「ヘイ・ジュード」が1位になることが多いですね。

ただ私のまわりの人に「ビートルズで1番好きな曲は?」と聞いて「ヘイ・ジュード」と答えた人を、今までにみかけたことがないんですよね。

(ちなみに最近は「好きな曲は?」ではなく、「知ってる曲は?」と聞かないといけない感じですが・・・)

まあ「レット・イット・ビー」か「イエスタディ」が多いですよ。

それなのに どうしてアンケートだとたいがい「ヘイ・ジュード」が1位になるのか、いつも不思議に思います。

「ヘイ・ジュード」はもちろん名曲ですが、私自身はいつ聴いても同じようにいいと思える曲ではありません。

原因はやはり、あの長さでしょうか。

後半の「na na na na - 」の部分で、「このまま余韻にひたってたいなあ」と思う時があれば、「早く終わってほしいなあ」と思う時もあるんですよね。


ところで「ヘイ・ジュード」が1位であることより、今回のアンケートで驚いたのは「イン・マイ・ライフ」が2位だということです。

「イン・マイ・ライフ」はシングル盤が各国で乱造された60年代でも日本ではシングル盤としてリリースされていなかったと思いますし、アルバム「RUBBER SOUL」を聴いてる人しか知らない隠れた名曲だったんですが、これが今回のアンケートでなんと2位なんですよ。

これはビートルズの音楽をアルバム単位でなく、1曲毎の単品で購入できるiTuneStoreの影響なんでしょうかね。


最後に今回のアンケート記事のくだりで、「ヘイ・ジュード」が1位になったのは、

>励ましを歌った楽曲なので、東日本大震災などの影響で人気が上昇したのでは

と書かれてますけど、どうでしょうか?

励ましの歌といっても内容は震災とはリンクしていないと思いますし、大震災から約半年間、震災関連で「ヘイ・ジュード」を思いだしたことは、私は1度もありませんでしたが(^^ゞ

それに「ヘイ・ジュード」は昔から1位ですしね(笑)『人気ブログランキング』へ

新生ビートルズ オリンピックで演奏?

2011/07/19 09:56|Fab 4TB:0CM:6
数日前にYahoo!ニュースのヘッドラインにも出てましたので目にした方も多いと思いますが、ロンドン五輪で新生ビートルズが演奏するかも!? というニュースです。


新生ビートルズ、ロンドン・オリンピック開会式でパフォーマンス?2011-07-12

ポール・マッカートニーが、2012年にロンドンで開かれるオリンピックの開会式でスペシャル・パフォーマンスを行なうのではないかとの噂が流れている。

『The Sun』紙によると、開催者はポールだけでなくリンゴ・スターの参加、さらには故ジョン・レノンとジョージ・ハリソンの息子達を加えた新生ビートルズのパフォーマンスを望んでいるという。

新生ビートルズが実現するかは定かではないが、ポール・マッカートニー自身はオリンピックでプレイすることに乗り気だといわれている。

北京オリンピックの閉会式では、次回開催国の英国を代表しレッド・ツェッペリンのジミー・ペイジとレオナ・ルイスが出演。多くの世界的ミュージシャンを生み出してきたイギリスだけに開会式のパフォーマーには期待が高まる。

Ako Suzuki, London



記事を読んでいただければおわかりのように、ポールとリンゴの言葉ではありません。

新生ビートルズの「プロジェクト」の記事ではなく「噂」の記事ですので、念のため。


さてこういうのには賛否がつきものなんですが、私の個人的な感想としましては、


ポールとリンゴがやりたければ、どうぞ。


というものです。

これは嫌味でもなんでもなく、ポールとリンゴがそれを望んでいてそれを実現することで幸せならファンとしてもうれしいですよ、という心境です。

別に新生ビートルズなどは見たくないんですが、でも本当に演奏するんならやっぱり見ておこうと思うでしょう。

うん、「見たい」ではなく「見ておこう」という感じがぴったりです。

はっきり言えば どっちでもいいというか、やっぱり冷めてますかね(笑)


ジョンとジョージの息子たちを加えてビートルズと名乗ることのナンセンスさは改めて述べる必要もないと思いますし、ポールもリンゴもそれは望まないと思いますね。

ロンドン五輪で演奏することにポールが乗り気だという噂は、北京五輪の閉会式でジミー・ペイジが演奏した頃からありましたし、精力的にライブをこなしているサー・ポール・マッカートニーならあり得る話かなと思いますが、リンゴがその話に乗るかは疑問だと私は考えます。

このブログでもたびたび述べていますが、解散後のリンゴには強いビートルズ・アレルギーがあるようで“元ビートルズ”というレッテルで見られることを嫌っていますし、仮にポールと新生ビートルズで共演したら「ポールの刺身のツマ」扱いされるのは目に見えてますからね。

ジョンとジョージの息子たちは論外として、この話にリンゴは乗らないだろうというのが私の予想です。


ところでこの件について正式には表明していないポールとリンゴなんですが、ポールはリンゴと五輪で共演したがってるのかなあ、と思わせることが先日ありました。

今年の7月7日のリンゴの誕生日に向けて、ツアーのリハーサル中のポールが「Birthday」の演奏の動画をホームページやFacebookにアップしたんですよね。

これは「リンゴ、一緒にやろうよ!」というポールからのメッセージかもしれないと私は思いました。『人気ブログランキング』へ


ストロベリー・フィールドの門がレプリカに

2011/05/17 15:13|Fab 4TB:0CM:4
昨年末から今年にかけてリンゴの生家が取り壊しの危機のニュースがご紹介しましたが、最近こんなニュースがありました。

「ストロベリー・フィールド」とはもちろん「Strawberry Fields Forever」で有名な、あの孤児院です。

ストロベリー・フィールドの門が再び危機に

5月10日、リバプールのビートルズゆかりの地のひとつ、ストロベリー・フィールドの門が外され、レプリカに付け替えられるという。これは建物を所有する救世軍が行ったもので、他の団体(リバプール市議会、ビートルズ関係団体、市観光局等)への相談はいっさいなかったとも伝えられている。

レプリカは、金属工芸の専門家のジム・ベネットが作り、救世軍に贈呈したものだという。

「オリジナルの門は、良好な状態を保つために手入れがされてきたものの、時とともに傷んでしまうことは避けられない」と、救世軍の社会福祉課の責任者は言った。しかし、何の予告もなくいきなり有名な赤い門がレプリカになってしまったことで、ファンはとまどいを隠せない。オリジナルの門は、秘密の場所に保管されることになっているとも、博物館に展示されるとも、オークションにかけれるとも、様々な憶測を呼び、それがまたファンを心配させている。後日、詳細があきらかになったら、続報でお伝えしたい。


この記事では今後レプリカに換わるか、もう換わっているのか、よくわからなかったんですが。

そして続報がありました。

ストロベリー・フィールドの門が再び危機に 続報

先日お伝えしたストロベリー・フィールドの門が外され、レプリカに付け替えられるという情報だが、やはり建物を所有する救世軍(Salvation Army)の独断で取り替えられていたことが明らかになった。

本物が今後どうなるのかは様々な憶測を呼んでいるが、リバプール市民、ビートルズファンの間では、オークションなどに出品せず、きちんと博物館などに展示保管してほしいという声が高まっている。

レプリカは、金属工芸の専門家のジム・ベネットが作り、救世軍に寄付したものだが、すでに5年前から製作に着手していたとのこと。


といわけで、すでにレプリカに置き換わっているようです。

門というのは、この赤い門扉のことですね。
strawberry field

救世軍とはキリスト教のプロテスタントの団体でして、日本人には馴染みが薄いんですが、とてもストイックな団体なんだろうなと常々思っていました。

観光地としてのストロベリー・フィールドで金銭的な利益を得ている話も聞いたことがありませんし。

でもその分、世間から隔絶しているというか、今回の件はやはり周囲との協調に欠けた行動だと感じます。

あの赤い門扉が傷んでボロボロであることは以前からニュースになっていましたし、取り換えはやむを得ないと思いますが、その手順と取り換え後の門扉をどうするか、それは公にするべきだと思いますね。

私有物ではありますが、文化遺産・観光資源的な意味合いでこれだけ有名になっている建築物ですから、地元の役所や団体に相談はするべきだったと思います。

少なくともオリジナルの門扉の行く末については、今からでも明らかにしてほしいですね。

なお「ストロベリー・フィールド」については以前に記事を書いていますので、未読の方は是非この機会にどうぞ^^→「『苺畑』よ さようなら」

さて、リンゴの生家に、ストロベリー・フィールドの門扉。

これらの取り壊しや取り換えのニュースには、やはり月日の長さを感じずにはいれません。

もう40年以上前のバンドなんですよね~。

私の人生とビートルズの現役時代はほとんどすれ違いなんですが、こうして今ビートルズを身近に感じて生きていられることは、自分の人生において最大級の幸せな出来事だと思っています。

Strawberry Fields Forever

これからの人生でも、何度も何度もこの言葉を口にすると思います、きっと。『人気ブログランキング』へ

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