私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ライブ盤「ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」 9月発売

2016/07/21 12:06|その他TB:0CM:8
なんと! 1977年にLPレコードで発売され、CD化されずに廃盤になっていたハリウッド・ボウルのライブ盤が、9月9日に公式発売されます。

このライブ盤についてご存じでない方は、以前のブログ記事をまずお読みください。
⇒「熱望! 「ザ・ビートルズ・スーパー・ライブ!」 CD化!!」
⇒「海賊盤:The Complete Hollywood Bowl Concerts」

公式ライブ盤としてはBBCのスタジオライブ盤が発売されていますが、観客のいないスタジオライブとは違って、ビートルズのノリも盛り上がりも格段に「ハリウッド・ボウル」の方が高いです。

1977年のアルバムのライナー・ノーツで、プロデューサーのジョージ・マーティンが、

「あの一連のコンサートを取り巻く、ほとんどパニックといいたくなるような混乱状態は、その場にいないかぎり信じてもらえないでしょう。レコーディングに使えたのは3トラックだけ——〝返し〟のモニターもなかったので、ビートルズには自分たちの歌が聞こえず、1万7000人の若くて健康な肺が送り出す途切れのない金切り声は、ジェット機の騒音ですらかき消してしまう凄まじさでした」

と記していたんですが、アルバムのオープニングの観客の悲鳴のような声を聞くと「ジェット機の騒音ですら」という表現は決して大げさではありません。

LIVE AT THE HOLLYWOOD BOWL
ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム9月世界発売

 ザ・ビートルズ唯一の公式ライブ・アルバム「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」が初CD化され、9月9日に世界同時発売されることが20日、発表された。

 64年と65年にロスのハリウッド・ボウルで開催したライブを収めたアナログ盤(邦題は「ザ・ビートルズ・スーパー・ライヴ!」)が77年に発売されたが、その後廃盤になった。本作はオリジナル盤の13曲に加え、未発表音源4曲も収録された。

 新作長編ドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK-The Touring Years」(ロン・ハワード監督、9月22日公開)に合わせ、約40年ぶりに再リリースが決定した。


気になる収録曲は、

1.Twist and Shout(1965年8月30日)
2.She’s A Woman(1965年8月30日) 
3.Dizzy Miss Lizzy(1965年8月30日/1965年8月29日——1曲に編集)
4.Ticket To Ride(1965年8月29日)
5.Can’t Buy Me Love(1965年8月30日) 
6.Things We Said Today(1964年8月23日)
7.Roll Over Beethoven (1964年8月23日)
8.Boys(1964年8月23日)
9.A Hard Day’s Night(1965年8月30日)
10.Help!(1965年8月29日)
11.All My Loving(1964年8月23日)
12.She Loves You(1964年8月23日)
13.Long Tall Sally(1964年8月23日)
14.You Can’t Do That(1964年8月23日——未発表)
15.I Want To Hold Your Hand(1964年8月23日——未発表)
16. Everybody’s Trying To Be My Baby(1965年8月30日——未発表)
17. Baby’s In Black(1965年8月30日——未発表)

となっています。

LPレコードで発売されたリストの最後に、未発表音源の4曲を追加した形になっていますけど、実際のリリースもこの曲順なんでしょうかね?

最後が「Baby’s In Black」というのは、ライブ・アルバムとしてはちょっと違和感があります。せっかくの再発売ですから、1つのライブを通して聴いたと感じられるような曲順の構成にしてほしいですね。

あと、映画公開に合わせての発売とはいえ、アルバム・ジャケットはビートルズの演奏シーンの方がいいなと思います。

Hollywood Bowl
ハリウッド・ボウルは1万7千人収容の野外音楽堂で、ビートルズ自身にも演奏がよく聞こえなかったという今よりも貧弱な音響システムと、ステージを映す巨大モニターもなく観客からステージ上の4人の姿はほとんど見えなかったんじゃないかと思うんですが、それでもあれだけの演奏と熱狂が生まれ、そしてその音源を50年後の今 聴いて体験することができるのは、奇跡のような幸せです。
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ジョージ・マーティン他界

2016/03/21 13:18|その他TB:0CM:2
3月8日にジョージ・マーティンが亡くなりました。

Georgr Martin

ジョージ・マーティン他界

ビートルズのプロデューサーとして知られる、サー・ジョージ・マーティンが3月8日が他界した。90歳だった。

ポールは「世界は真の偉大なる人物を失った……」とコメントをTwitterにアップした。言葉数の少なさがポールのショックの度合いが大きいことを示しているようだ。
リンゴは「あなたの愛と思いやりに感謝します。ジョージにピース&ラブを」とコメント。
この後も続々と著名アーティストが、お悔やみの言葉を寄せていると報じられている。

ジョージ・マーティンはグラミー賞に6度の受賞歴とアカデミー賞やブリット・アワードなど数々の受賞歴があるだけでなく、プロデューサーの功績としてはフィル・スペクターやクインシー・ジョーンズを凌ぎ、1960年代、70年代、80年代、90年代と4つの時代を通して第一線で活躍したたった一人のプロデューサーである。

ビートルズだけでなく、ジェフ・ベックやアメリカ、エルトン・ジョンら、多くのアーティストのヒット曲を手がけている。
2006年、ビートルズとシルク・ドゥ・ソレイユのコラボレーション・ショー“LOVE”の音楽をプロデュースしたことが、ビートルズのプロデューサーとしての最後の仕事となった(共同プロデューサーは息子のジャイルズ・マーティン)。
ビートルズ・クラブの1996年のイベントで来日し日本のファンと交流をしたこともあり、親日家でもあった。


この人と出会ってなければビートルズの成功はなかったかもしれない。

そう思わせる人物が2人います。

1人はマネージャーとしてビートルズを売り出したブライアン・エプスタイン。そしてもう1人が、ビートルズをデビューさせて音楽面でプロデュースしたジョージ・マーティンです。
epstain martin

ビートルズの才能を見抜いて世に送り出したのがエプスタインなら、ビートルズの才能を引き出して後世に残る音楽に仕立て上げたのがジョージ・マーティンでしょう。

2人に共通するのは私利に走らずビートルズに無償に近い愛情を注いだことではないでしょうか。

またエプスタインは気分のむらがある癇癪持ちだったそうですけど、ジョージ・マーティンは本当に温厚な紳士だったようです。

デビュー前の初対面で「何か気に入らないことがあったら言ってくれ」と言ったジョージ・マーティンに対して「あなたのネクタイが気に入らないね」と答えたジョージ(・ハリソン)。

ジョージのユーモアの例としてよく登場するエピソードですが、17歳も年下の新人のそんな言葉にも怒らなかったジョージ・マーティンの器の大きさを感じます。

ジョージ・マーティンにとってビートルズとの関わりは人生のごく一部にすぎないと思いますので、ビートルズを通してしか彼を知らない私があれこれ言うのもおこがましいんですが。
George Martin Harisson

さて1967年6月世界初の衛星中継テレビ番組「アワー・ワールド」にイギリス代表としてビートルズは出演し、新曲「All You Need Is Love(愛こそはすべて)」を披露しました。フランス国家「La Marseillaise(ラ・マルセイエーズ)」から曲が始まるんですが、イギリス代表のビートルズの曲がなぜフランス国家から始まるのかご存じでしょうか。


イギリス王家はもともとはフランス王の臣下だったんですが、後にイギリス王家が勢力を拡大して中世になるとフランス王と覇権を争うようになり、その歴史的経緯からイギリス人とフランス人は何かつけて対抗意識が強いそうなんです。

「アワー・ワールド」は世界各国の協調・調和をテーマにした番組でしたから、イギリス代表のビートルズの曲のオープニングがフランス国家なのはそのテーマに沿ったイギリスからの調和のメッセージだったわけですね。

曲のエンディングでイギリス民謡の「グリーンスリーブス」やアメリカン・ジャズの「イン・ザ・ムード」が挿入されているのも同じ趣旨なんですが、これらのアイデアの出所はビートルズではなくジョージ・マーティンだったんだそうです。

表立った自己主張ではなく メッセージをさりげなく音楽に込めるところに、ジョージ・マーティンの人柄を感じますね。

ちなみに最後の「シー・ラブズ・ユー、イェーイェーイェー」はジョンのアドリブです。
2

それでは最後にポールからジョージ・マーティンへの追悼メッセージを紹介して、記事を終わりたいと思います。

「僕がジョージ(・マーティン)と一緒に過ごした思い出の中で最も好きなものを選ぶのは難しい。たくさんありますから。ですが、浮かんでくるのは、僕がレコーディングセッションに‘Yesterday’という曲を持っていき、他のメンバーが僕に、ひとりでアコースティック・ギターで弾き語るのはどうだろうかと提案した時のことです。僕がそれをやったあと、ジョージ・マーティンは僕に向かって、『ポール、弦楽四重奏を加えるというアイデアが浮かんだんだけど』と言いました。僕は『ダメだよジョージ、僕らはロックンロールバンドだ。それがいい案だとは思わない』と言いました。そして偉大なプロデューサーらしい優しさで彼は『やってみて、うまくいかなければ採用しないで君の弾き語りバージョンをを採用しよう』と言いました。僕はそれに同意して、翌日アレンジに取り組むために彼の家に行きました。

彼は、僕が見せたコードをピアノで弾き、低いオクターブにチェロを、高いオクターブに1本目のバイオリンを入れ、四重奏におけるストリングスのボイシングに関する最初のレッスンを僕にしてくれました。アビイ・ロード・スタジオで弦楽四重奏をレコーディングしたとき、僕は彼のアイデアがこんなにも正しかったことにスリルを感じ、何週間もその話をいろいろな人に吹聴しました。この曲はその後、フランク・シナトラ、エルビス・プレスリー、レイ・チャールズ、マービン・ゲイ、そしてその他何千人もの人たちにカバーされ、最も数多くレコーディングされた曲になったので、彼の案がもちろんうまくいったということです。

これは、その後‘Eleanor Rigby’、‘Live And Let Die’、そしてその他数多くの僕の曲のアレンジを手伝ってくれたジョージに関する、たくさんある思い出のひとつに過ぎません。僕は、あんなにユーモアのセンスを持ち、自虐的にもなれる素晴らしい紳士と知り合うことができたことを誇りに思います。彼は女王からナイトの爵位を授かったときも、スノッブな部分は少しもありませんでした。彼にとっては親愛な友人たちであった僕と僕の家族は、彼がいなくなって恋しく思うでしょう。そして彼の妻ジュディ、子供のジャイルズとルーシー、そして孫たちに愛を送ります。世界は、僕の魂そしてイギリスの音楽史に、消えることのない跡を残した、真に偉大な人間を失いました。ジョージ、あなたと、あなたの中で航海する全ての人に神の恵みを!


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Georgr Martin Paul

ブライアン・エプスタインの伝記コミックが出版されます

2015/05/25 21:24|その他TB:0CM:2
今年の7月にブライアン・エプスタインの伝記コミックが出版されるそうです。
ブライアン・エプスタイン・ストーリー

⇒「ザ・フィフス ビートル ブライアン・エプスタイン ストーリー」

値段は2160円(税込)と高いですが全編オールカラーで、2014年アイズナー賞(米:コミック界のアカデミー賞)ノンフィクション部門の大賞を受賞とのこと(と言いつつ、アイズナー賞がどんなものかは知りません、私(笑))。

読み物としては期待できそうですね。

コミックとは言いましても、内容はかなりシリアスなようです。

日本語版の予告動画です。


ページの画像をネットでいくつか拾えます。
page1

これはエプスタインがキャバーン・クラブで初めてビートルズの演奏を見て衝撃を受けるシーンですね。
page2

これは後にジョンのゲイ疑惑の元となった、エプスタインとジョンのスペイン旅行のシーンでしょう。
page3


ビートルズに深くかかわった人物の中で、本物の紳士だと私が感じる人が2人います。

1人はプロデューサーのジョージ・マーティン。

ビートルズに目をかけてデビューのきっかけを作った恩人であり、音楽にかけてはビートルズよりも経験と知識があるにも関わらず自分の意見を押し付けたりはせず、「ホワイト・アルバム」製作時のようにビートルズと意見が対立したら身を引く潔さ。

でも「アビー・ロード」製作時に再びビートルズから協力を求められれば、へそを曲げずに彼らの音楽を支える誠実さ。

デビュー曲のレコーディング時に「何か気に入らないことはないか?」とビートルズに尋ね、ジョージから「あなたのネクタイが気に入らいない」とからかわれても、怒らず聞き流せる懐の深さ(笑)

彼のことを悪く言う証言はほとんど聞いたことがありません(ジェフ・エメリックが著書の中で、ビートルズに言いにくいことを言う役目をいつも自分に押し付けてきたと愚痴ってるくらいでしょうか)。


そして私が思う、もう1人の紳士。

それがマネージャーのブライアン・エプスタインです。

ビートルズに無償の愛をそそぎ、ビートルズの成功を自分のこととして喜んだ人。

そしてそれを決して自分の手柄だと自慢しなかった人。

常にビートルズのためを第一に考えて行動し、私利に走らなかった人。


ジョージ・マーティン同様、ブライアン・エプスタインの人間性を悪く言う証言も聞いたことがありません。


ビートルズに自分の夢を重ね、ビートルズを愛するが故に、ビートルズが自分の手から巣立っていく寂しさに苦しんだエプスタイン。

彼は亡くなる直前に、ビートルズのマネージャー業を当時ローリング・ストーンズのマネージャーだったアンドリュー・ルーグ・オールダムに譲ろうとしたそうですが、ビートルズからの自分への愛情がだんだんと薄れていくのが耐え難かったのだろうと思います。

若いビートルズを見守った大人としてみられがちなエプスタインですが、ビートルズに出会ってマネージャーになった時、彼もまだ27歳の若者でした。

ビートルズの成功は4人の若者とそれを支えた大人の物語ではなく、5人の若者が夢に向かって歩んだ物語だといえるかも知れません。

その夢の道からいち早く外れてしまったブライアン・エプスタイン。

そしてエプスタイン亡きあと、ビートルズは自ら道を踏み外していき、ビートルズの物語の第一幕は終わりを告げたのでした。


「想像してごらん、天国なんてないんだと」

と、ジョンは歌いましたが、天国でエプスタインがジョンとジョージに再会していることを、私は願ってやみません。
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ブライアンエプスタイン

ビートルズで交通安全

2013/07/01 20:16|その他TB:0CM:2
長年ビートルズと付き合ってますが、いや~、これは思いつかなかったです。

目にして、なるほどと感心しました。


インドのカルカッタで、“ABBEY ROAD”のジャケットを使用した交通ポスターが使用され、そのおかげで道路横断時の死亡率が20%下がったとインドの交通署長が発表した。

インドではおよそ14万人が毎年、道路での交通事故で亡くなっており、これは世界ワーストNo.1であった。


If they can, why cant you ?

「彼らにできるんだから、君もやろうぜ」

次はポールの右手に注目して、禁煙ポスターですかね(笑)
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もしかして・・・?

2013/04/04 14:27|その他TB:0CM:8
さて昨日行きつけの美容室に髪を切りに行ったんですが、扉を開けて耳に入ってきたのは、

“ I nearly died, I nearly died, 'Cause you walked hand in hand ~”

というジョンの歌声。

ビートルズが流れていました。

このお店のBGMでビートルズを聴くのは初めてです。

店長さんに案内されて店内に入り洗髪台に座ったところで、

「今日の有線はビートルズチャンネルなんですよ」

と店長さんがおっしゃっるので、

「あ、そうですよね」

とまあ、私が返事して洗髪が始まりました。

その後は特にBGMの話はなくカットが進みましたが、2度目の洗髪の後、濡れてる髪を乾かしにきた若い店員さんが、

「今日、ビートルズなんですよ。僕、ビートルズ好きですよ。ヒルトンさんもお好きですよね」

と私に話しかけてきます。

「ええ、好きですよ」

「ジョンとポールのどっちが好きですか?」

「う~ん、若い頃はジョンが好きだったけど、今はポールが好きかなあ。でも父親と母親みたいなもんで、簡単にどっちとは言えませんね」

「そうですか。ジョンは人気ありますよね。解散してからもいい曲作ってますよね、イマジンとか」

ビートルズが好きといってもそんなにディープなファンではなさそうだと思っていると、それからは特にビートルズの話題は出ませんでした。

その後お店でのカットがすべて終わって会計を済ませて店を出て、そして ハッと気づきました。

「もしかして、今日 自分が来るからBGMをビートルズにしてくれてた?」


美容室へは行こうと思った当日に電話をして行くことが多いんですが、今回は1週間前から予約を入れてたんですよね。

お店の中で音楽の話を特にした記憶はないんですが、昔からの行きつけですからビートルズが好きだということを話したことはあるでしょう。

店長さんと店員さんと、2人がわざわざ「今日はビートルズなんですよ」と話してきたということは、これってやっぱり自分のためにしてくれてたんですよね、きっと。

いや~、もっと喜んで返事すればよかった(^^ゞ

意外にそっけない態度でごめんなさい。


次も早めに予約して行きますので、BGMはまたビートルズでお願いしますね。『人気ブログランキング』へ

ギルバート・オサリバンのライブを観て思ったこと

2013/03/16 17:51|その他TB:0CM:2
先日、ギルバート・オサリバンのライブに行ってきました。
ビルボードオサリバン

ギルバート・オサリバンといえばやっぱり「Alone Again (Naturally)」ですよね。


またアニメ「めぞん一刻」で流れていたため、「Get Down」を聴いたことがある方も多いと思います。


実を言いますと彼について私は詳しくはありませんで、初めてギルバート・オサリバンの曲を聴いたのはテレビのCMで流れていた「Alone Again (Naturally)」でした。1980年代後半のことだと思います。

「Alone Again (Naturally)」を初めて聴いた時、とにかく完璧な曲だと思いました。

メロディー、アレンジ、ボーカル。どれをとっても非の打ちどころがない。

その後にギルバート・オサリバンのベスト盤をレンタルしたところ「Alone Again (Naturally)」の他にも佳曲があり、そのクオリティの高さに感心しました。

ポールと音楽性に似通ったところがあり、そしてそのクオリティの高さはポールと比べても遜色がないと思いました。

しかし一方で、不思議にも思いました。

これだけの上質な音楽を作っていた人が、どうして今は第一線で活躍してないのか?

同じピアノマンとして、エルトン・ジョンやビリー・ジョエル クラスの大物として名前を聞かないのが不思議だなと思ったんです。

活躍の時期が1970年代前半に限られてるんですよね。

でもおかしいなと思っただけで、それ以上掘り下げることはありませんでした。


そしてそれから20数年後に、この度思いがけず彼のライブを観る機会が訪れたのでした。

ライブは往年のヒット曲を中心に、アンコールを含めておよそ1時間20分のステージでした。

しっとりとしたステージを想像してたんですが、意外とポップで明るいライブでした。

ボーカルはCDで聴けるような魅力的な透明感ではありませんでしたが、これは録音技術によるものかも知れませんし、あるいは年齢による声の変化かも知れません(何しろ「Alone Again (Naturally)」から40年ですから)。

私は心地よい時間を過ごし、家路につきました。


ところでライブを聴いていて、感じたことがありました。

どの曲もみな同じような印象なんです。

メロディーや歌詞はもちろん曲ごとに違うわけですが、曲全体や聴き終わった後の印象がどの曲も概ね同じだったんですよね。


Wikipediaにはプロデューサーとの裁判や人間不信に陥ったことが音楽活動の停滞を招いたと書かれていますが、もしかすると彼の音楽性を刺激して伸ばしてくれる存在が欠けていたんじゃないでしょうか?

ポール・マッカートニーにとってのジョン・レノンのような存在です。

ポールがジョンと出会わずに最初からソロだったら、あるいはジョンが最初からソロだったら、ビートルズ時代はもちろんその後のソロ時代のような音楽活動を彼らができたかどうか。

もしジョージがビートルズに加入せず、ソロ・ミュージシャンを目指していたら・・・

ビートルズのことを考えると、刺激し合う存在、可能性を引き出してくれる存在の大切さをとても感じます。


もしギルバート・オサリバンがソロではなく、バンドだったら。

そのバンドの中にジョンのような強烈な才能を持った人物がいたら。

彼はポール・マッカートニーと肩を並べるレジェンドとして、ロックの歴史に今よりも大きな名前を刻んでいたんじゃないかと想像してしまいます。


彼がそんなことを望んでおらず、また彼のファンもそんなことを望んでいないのなら、私のこの勝手な想像をロック・ファンの身勝手で馬鹿な妄想だとして、ファンの方にはお許しいただきたいと思います。

ビートルズ・ファンにそんな妄想をさせるほど、彼の名曲は素晴らしく輝いていると思うのです。
オサリバンCD

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明けましておめでとうございます!

2013/01/02 13:55|その他TB:0CM:2
明けましておめでとうございます。

記事にするようなネタがあるわけではないんですが、何となく新年の挨拶をしてみたくなって書いてみました(^^ゞ

昨日の元日、ビートルズのアルバムを聴きました。

アルバム名は「Please Please Me」

元日ということで一番最初のアルバムを聴きたい気分になったんですが、実はこのアルバム、私はあんまり好きではありません。

なんといいますか、青臭さというか、ゆるさを感じるんですよね。

選曲から演奏・ボーカルまで、全体的に。

そこをいいと思うかどうかなんですけど、私は「With The Beatles」くらい引き締まった方が好きです。

ただこのアルバムのレコーディングをしていた時のビートルズの4人の気持ち。

初めてのアルバムなんですから、その後のキャリアでのどのレコーディングよりも張り切って、緊張して、不安に思って、幸せにひたってレコーディングしてたんじゃないかと思います。

そこまでビートルズに思いを馳せるようになると、好きではなくても愛おしい1枚に感じてはいます。

ビートルズのアルバムの中で唯一、「年下の男の子」みたいな魅力を感じるアルバムです(笑)


話は変わりますが、ビートルズファンにとって今のところ今年最大のイベントはやはりリンゴ・スターの来日公演ですね。

以前の武道館に比べると格段に狭いZeppが会場なので、チケットの争奪戦になるのではと危惧していましたが、今でも残席があるようです。

オークションなんかで高値で転売されるのも悔しいですが、ソールド・アウトしないのもちょっと寂しいですね。

まあそんなことは気にせず、当日はリンゴのエンターテイメントを楽しみたいと思います。


新年早々取りとめのない記事になりましたが、本年もよろしくお願い申し上げます。『人気ブログランキング』へ


ハンブルグのビートルズ博物館閉鎖

2012/06/14 16:05|その他TB:1CM:4
2010年9月30日にさいたま市の「ジョン・レノン・ミュージアム」が閉鎖しましたが、今度はハンブルグにある博物館閉鎖のニュースです。


ハンブルグのビートルズ博物館が閉鎖

ドイツ、ハンブルグにあるザ・ビートルズの博物館Beatlemaniaが6月30日をもって閉鎖することになった。期待したほど関心を引かなかったのが理由だという。

Bealemaniaが発表した声明によると、2009年5月29日にオープン以来メディアや来客者から好意的な反応があったものの、3年間の入場者数は15万人ほどで、経費をまかなえなかったそうだ。これまで赤字経営でやってきたが、これ以上の継続は困難との判断を下すしかなかったという。

ハンブルグはザ・ビートルズがブレイクする前に巡業しており、彼らに縁のある場所も多く存在するが、故郷リバプールやかの有名なアビーロードの横断歩道と違い、一般的な関心は引いていない。リバプールにあるザ・ビートルズ博物館Beatles Storyのほうは年間20万人ほど(2009年度)が訪れているという。

Ako Suzuki, London



3年間で15万人ですから、年間入場者数は平均5万人ですね。

こういう施設での5万人が多いのか少ないのか(まあ閉鎖するんですから少ないんでしょうけど)、数字だけではピンとこないんですが、

閉館になったジョン・レノン・ミュージアムの入場者数が開館初年度に12万4000人、閉館前が年間3万人でしたから、こういう記念館を維持するには年間10万人以上は必要なんでしょうね、きっと。


ハンブルグはデビュー前のビートルズが最も沢山ライブをやった、ビートルズゆかりの都市の1つですので、

そのハングルグにおいても、

>一般的な関心は引いていない

時代なんですね。

ビートルズ博物館目当てはもちろん、デビュー前のビートルズにゆかりの場所目当てでハンブルグを訪れる人は、もうそんなにいないんでしょう。


陸続きのヨーロッパ(イギリスは島国ですけど)でもこの状況ですから、欧米から離れた日本にあったジョン・レノン・ミュージアムが閉館になったのも時代の必然だったのだろうと、あらためて思いました。


ビートルズが20世紀で最も偉大なロック・バンドであることは、誰しもが認めることだと思います。

でも21世紀のバンドではないんですね、やっぱり。

当たり前ですけど。

ビートルズの軌跡を公式に振り返る「アンソロジー・プロジェクト」は、1995年にドキュメンタリー映像やCDのリリースで始まり、2000年10月5日の公式伝記本の発売で終了しました。

2000年は、21世紀になる前年です。

20世紀の最後の5年間、ビートルズは現役としての最後の活動で私たちファンを楽しませ、そして21世紀を前に幕を下ろした。

アンソロジー・プロジェクトが2000年に終了したのは単なる偶然かもしれませんが、私は今さらながら そんな感想を抱いています。『人気ブログランキング』へ

ビートルズの息子達で新バンド結成!?

2012/05/11 08:35|その他TB:0CM:2
Fab4のジュニア達による新バンド結成の話があるとか。


ザ・ビートルズの息子たち、バンド結成に乗り気

ポール・マッカートニーの息子ジェイムスが、ほかのザ・ビートルズのメンバーの子供たちと“次世代ビートルズ”を結成してみたいと語った。

BBCのインタビューで、ジョン・レノンの息子ショーン、ジョージ・ハリソンの息子ダーニ、リンゴ・スターの息子ザック・スターキーと“ザ・ビートルズ - ネクスト・ジェネレーション”を結成することについてどう思うかと問われたジェイムスはこう答えた。

「ザックのやりたいこととは思えないな。多分、ジェイソン(リンゴの息子)はやりたいんじゃないかな。僕は乗り気だよ。ショーンもそうだと思う。ダーニもね」

話に上がったこともあり、ジェイムスは「自然な感じで実現してくれればいいと思っている」そうだ。

2011年秋、父ポールがプロデュースしたアルバム『The Complete EP Collection』をリリースしたジェイムスは火曜日(4月3日)、ザ・ビートルズの聖地リバプールのキャバーン・クラブでプレイした。

ショーンジェームズダニーザック


ポールの息子のジェームズが希望を口にしたレベルなんですけど、それだけでニュースなるところがさすがビートルズといったところでしょうか。


やりたければどうぞ、といった感じです。私の感想は。

肯定的な気持ちもないかわりに、否定的な気持ちもありません。

基本的にビートルズとは別物ですからね。


思うのは、今どうしてこのメンバーでバンド結成なんだろうということです。

失礼だけど、みんなデビューしたはいいけど大して成功してないので、こういう話題作りに走りたくなるんじゃないかといぶかってしまいます。

「僕は商業的な成功なんて目指してない!」

とかショーンならいいそうですけど(笑)

ロック音楽としての成功と商業的な成功を両立させたからビートルズは凄いんですよね。


ところでジョンの息子なら、ショーンじゃなくてジュリアンじゃないですかね。

音楽の方向性が他のメンバーと合うのは。

ショーンはかなり違う気がしますよ。

まあジュニア同士の交流があるのかないのか、知りませんけども。


そしてこのニュースを読んで感じたのは、

今はもうビートルズの息子というだけでは商売にならない

ということです。


1980年代にリアルタイムにロックに親しんでいた方なら、ジュリアン・レノンのデビューの時の喧騒をよく覚えていると思います。

いきなりロックの表舞台に登場しましたからね。

本人としては“引っ張り出された”感覚だったかも知れませんけど。

元ビートルズの息子がデビューするだけでもう世界的なビッグニュースでしたし、デビュー曲はラジオ・テレビでヘビーローテーション状態でした。

ジョンの息子だからその扱いも当然だろうと当時は思ってましたが、今ではポールの息子がデビューしてもマイナーの域を出ないわけです。


ビートルズは遠くなりにけり、ということを実感するジュニア達のニュースでした『人気ブログランキング』へ

8曲の未発表曲を含む幻のアルバム「RED」解禁・・・!?

2011/11/15 13:27|その他TB:0CM:10
RED

ビートルズ、ロック史上最も無名な未発表アルバムが遂に公式発売!

•『RED(レッド)』通常盤 (1CD TOCP-80111)
•『RED(レッド)・デラックス・エディション』BOXセット(2CD+5.1chミックス収録DVD Audio TOCP-80112-3)
※アナログ盤LP、デジタル・アルバム、iTunes LPフォーマット他の詳細については近日中に発表予定
 2012年1月11日世界同時発売

アルバム「Red」収録曲

1.ペニー・レイン(Penny Lane) / Lennon-McCartney
2.ヘロイン・ベイビー(Heroin Baby) / Harrison
3.ブラッディ・マリー(Bloody Mary) / Lennon-McCartney
4.キック・イン・コート(Kick in,Court) / Lennon-McCartney
5.サーフィン・ユナイテッド・キングダム(Surfin United Kingdom) / Zappa
6.クイーン・オブ・ナイト(Queen Of Night) / Lennon-McCartney
7.アット・オール・イン・ザ・ジョン(At All In The John) / Starkey
8.オールウェイズ(Always) / Lennon-McCartney
9.キングズ・ラバー・マイケル(King's Lover Mikkel) / Lennon-McCartney
10.ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー(Strawberry Fields Forever) / Lennon-McCartney

海外プレスリリース

「ロックンロールの歴史上最も愉快な未発表アルバムだ。」 ポール・マッカートニー

「ここ数年、ビートルズが音楽市場で再びその存在感を強めている。でもこれが決定打になる。不思議なことに、これ以上の新しい未知の音源は出てこないでほしいとさえ思っているよ。」(ジャイルズ・マーティン)

「ビートルズがやって来る。この凄まじい若者たちが世に出ることは本当に奇跡だ。我々は再びこの目と耳で体感した伝説を呼び起こすことができるんだ。グループの解散、そしてジョンとジョージの死後初めての歴史と言っていい。」(ジョージ・マーティン)

「これは正に一からの新作、僕たちの新たな体験だ。ショーケースに飾られた記念品じゃない。僕としては、若いロックファンにも聞いてもらいたいな。それこそ、レディオヘッドやカサビアンと並べられるほど、フレッシュでクールな体験さ!」(ポール・マッカートニー)

「僕を含め、関わった者すべてにとってそれはとてもエキサイティングな日々だった。ジョンやジョージも驚いてるのが僕にはわかるんだ。皆も心から楽んでほしい。ただちょっと憂鬱なことが一つ。今日の話をいったい誰が信じてくれるんだ?」(リンゴ・スター)
(ロンドン・アビイ・ロード・スタジオ発 - 2011年10月11日)

ビートルズ「RED」公式サイト「RED」







種明かししますと、このニュースはガセネタなんです・・・残念ながら(^^ゞ

しかしよくできたデマですよね~。

サイトまでしっかり作ってあり、ポールやリンゴたちのもっともらしいコメントまで。

ちゃんと英語バージョンもありまして、こちらが原本なんだと思います⇒「RED」

誰が何のためにこんなサイトを作ったのか、今のところ不明なんですが。

ただのファンがジョークとして作ったのか?

あるいは「RED」ではないけれど、ビートルズ関連のビッグなリリースが2012年1月11日にあるのか?


後者だったらうれしいんですけど、やっぱりただのジョークなんでしょうね(^^:『人気ブログランキング』へ

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