私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ジョージが歌うGet Back

2008/02/28 13:49|ジョージ・ハリスンTB:0CM:18
前回のエントリーでジョンが「Get Back」を歌っている音源をご紹介したところ、春風さんから「ジョージが歌っているのもある」とコメントをいただきました。
そうなんです(*^_^*)
ジョージのボーカル・バージョンもあるんです。
正直に言うと春風さんからコメントをいただくまで、私も忘れていたんですが・・・

ジョージ版「Get Back」が存在する経緯は、ドリス・トロイ(Doris Troy)という女性シンガーの1970年のアルバムの何曲かを、ジョージがプロデュースをしたことです。
私は詳しくないんですが、ドリス・トロイはアメリカの黒人女性シンガーで、1963年の「Just One Look」というヒット曲がよく知られているそうです。

Doris Troy - Just One Look


今回のエントリーを書くにあたって初めて彼女の歌を何曲か聴いたんですが、ジャズ、ブルースからロックまで器用に歌いこなせるシンガーのようで、伸びやかな歌声が心地いいですね。

そのドリス・トロイなんですが、ビリー・プレストンの紹介でビートルズのレコード・レーベル「Apple」と契約し、1970年に1枚だけアルバムをAppleから出しています。
アルバム・タイトルは、ずばり「Doris Troy
Doris Troy

もちろんこのアルバムを私は聴いたことがないんですが、このアルバムの中で6曲を、ジョージはトロイと共作したりプロデュースしたりしていまして、そのうちの1曲がなぜか「Get Back」なのです。
(正確には「Get Back」はシングルB面で、後年にボーナス・トラックとして追加収録されました。)

なぜジョージの曲でなくポールの「Get Back」だったのか、なぜジョージが「Get Back」の仕事を引き受けたのかは、情報不足でわかりません。ビートルズ解散直後の1970年のことですので、ジョージが他人のためとはいえ「Get Back」をプロデュースしたのは、奇跡といっても過言ではないと思います。
そしてその奇跡のおかげで、今日ジョージ版「Get Back」が聴けるのです。
ビートルズとは一味違う、とても洒落たアレンジですよ。



なおアルバム「Doris Troy」はジョージの他にも、リンゴ・スター、エリック・クラプトン、スティーヴン・スティルス、ビリー・プレストン、ピーター・フランプトン、レオン・ラッセルなど、豪華なメンバーが参加しています。


追記:後に再発売されたアルバム「ドリス・トロイを買ったところ、ボーナストラックとして「ゲット・バック」が収録されてました。



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ジョンが歌うGet Back

2008/02/25 14:50|ジョン・レノンTB:0CM:17
前回のエントリーでジョンリンゴに提供した曲の特集をしたんですが、その時にジョンが歌っているバージョンも一緒にご紹介したところ、同じ曲でも歌い手が違うと全く別の曲のような印象になるというコメントをいただきました。

リンゴが歌うとトボケた味の歌も、ジョンが歌うと確かにシニカルで鋭い印象に変わりますね。
ボーカルの個性が曲に与える影響というものをあらためて感じました。

ビートルズのメイン・ボーカリストといえばもちろんジョン・レノンとポール・マッカートニーなんですが、ジョンポールの歌唱を、ポールがジョンの歌唱をどう思っていたのかについては、その手の発言は私の記憶にありません。ただ興味深いエピソードとして、アルバム「ABBEY ROAD」収録のポールが歌っている「Oh Darling !」について、「自分ならもっとうまく歌えたと思う」とビートルズ解散後にジョンが発言したというエピソードがあります。

The Beatles – Oh Darling !


Oh Darling !」のボーカルは26テイク録音されているのですが、荒削りな声にするために、ポールは喉の調子がまだこなれていない仕事始めに1日に1回しか歌わず、それを毎日繰り返して録音したという、ポールこだわりのボーカルです。
ポールは“売れない歌手が場末の酒場で歌っているようなボーカル”をイメージしていたんだそうです。

私もこの情熱的で表現力豊かなボーカルはポールならではだと思っていますので、ジョンの発言を初めて聞いた時にはとても意外に思いました。
ジョンはこの曲を、どんな風に歌いたかったのでしょうか。
Yer Blues」のようなブルース調にしてみたかったのかなと私は思います。

さてビートルズ時代に、ジョンとポールがお互いの曲でリード・ボーカルを完全に交換したことはないのですが、ソロ・コンサートの中では、ポールがジョンの曲を歌ったことがあります。
1990年リヴァプールでのコンサートで、ポールはメドレーで「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー~ヘルプ~平和を我等に」とジョンの曲を歌ったのです。
この様子はシングルCD「オール・マイ・トライアルズ」のカップリングとして収録されていますが、個人的な印象では、ジョンの個性の強いボーカルに耳が馴染んでいると、このメドレーでのポールの素直な声はやや物足りなく感じます。
オール・マイ・トライアルズ+2 [Maxi]

いっぽうジョンが歌ったポールの曲というのは、私の記憶では公式にはないと思うんですが、1969年1月の「Get Back Session」でジョンが「Get Back」を歌っている動画がYouTubeにありました。
聴き比べるために、ポールのボーカルと並べてご紹介します。

Get Back (Paul McCartney on Vocal)


Get Back (John Lennon on Vocal)


ジョンもなかなかの熱唱で、演奏もオリジナルよりテンポが速く、ハードな感じです。
こうして同じ曲でジョンとポールのボーカルを聴き比べてみると、ジョンのほうがポールよりもワイルドで、ロックのうねりのようなものを生み出していると感じます。
ジョンは地の声がロックなんだなあと、あらためて思いました。

ただし「Get Back」のボーカルについては、ポールの高音で艶のあるボーカルが私は好きで、やはりポールに軍配を上げますかね。
皆さんは、どちらがお好みでしょうか。

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ジョンからリンゴへのプレゼント曲

2008/02/21 14:31|リンゴ・スターTB:0CM:6
2月15日のエントリーで、ビートルズ解散後にポールがリンゴに提供したオリジナル曲を紹介しましたので、今回はジョンからリンゴへ提供された曲を紹介しましょう。
johnringo.jpg

ジョンリンゴに提供した曲は、アルバム「Ringo」で1曲、「Goodnight Vienna」で1曲、「Ringo's Rotogravure」で1曲の、計3曲です。
これがですね~、ジョンリンゴにプレゼントした曲は非常にユニークで、1度聴くと忘れられない曲ばかりなんです。
ソロになったリンゴを心配して、ジョンがかなり力を入れて曲を書いたんじゃないかと、勝手に想像してしまいます。

Ringo Starr - I'm The Greatest
この曲ではジョンがピアノとハーモニーを、ジョージがギターを担当しています。


Ringo Starr - Goodnight Vienna


ジョンリンゴにプレゼントした曲って、すごく個性的でしょう?

残念ながら3曲目の"Cookin' (In The Kitchen Of Love)"は、動画が見つかりませんでしたが、ここで少しだけ視聴できます(6曲目です)。
→Ringo's Rotogravure

なお「I'm the Greatest」と「Goodnight Vienna」の2曲は、「ジョン・レノン・アンソロジー」という4枚組のCD-BOXに、ジョンのボーカルで収録されています。動画もありました。

John Lennon - I’m The Greatest (Demo)


John Lennon - Goodnight Vienna (Demo)


それから、アルバム「GOODNIGHT VIENNA」のプロモーション・フィルムの動画もありましたよ。
なんとジョンとリンゴが2人でナレーションをしています。
GOODNIGHT VIENNA

RINGO STARR & JOHN LENNON - GOODNIGHT VIENNA (PROMO)


ちなみにこのアルバム・ジャケットは1951年のアメリカ映画「地球の静止する日(ロバート・ワイズ監督)」のスチール写真をモチーフにしたものです。
地球の静止する日

この映画の銀色の宇宙人は、争いをやめて平和に暮らすようにと地球に忠告しに来るのですが、リンゴ自身のキャラクターとイメージをだぶらせたデザインなんでしょうね。
これはおまけの写真。
GOODNIGHT VIENNAオフショット

アルバム発売が1974年11月15日ですから、ジャケット撮影は9月頃でしょうかねえ。
暑そう(^^;

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リンゴ・スター ツアーの前期日程を発表

2008/02/18 17:18|リンゴ・スターTB:0CM:10
ニュース速報のような最新記事に乏しい私のブログですが、今回は最新ニュースです(笑)。
リンゴ・スターの夏のツアーの前期日程が発表されました!
ringo starr

リンゴが夏のアメリカ/カナダツアーを発表した。10期目となるオール・スター・バンドのメンバーは、9期から引き続きギターにビリー・スクワイア、サックスにエドガー・ウインター、ベースにヘイミッシュ・スチュワートを配し、もうひとりのギタリストに第8期に参加していたコリン・ヘイが、キーボードにジョージの親友ゲイリー・ライト、セカンド・ドラムにグレッグ・ビソネットが加わった新編成。

アメリカとカナダでの31日のツアー日程は、6月19日のカナダのオンタリオ州ナイアガラ・フォールズのフォールズビュー・カジノを皮切りに、第1週目の6月24日にはミューヨーコのラジオ・シティ、8月2日のロスアンゼルスのグリーク・シアターでしめくくる。
前半の日程表は以下のとおり。後半の日程は間もなく発表予定。

6月19日 オンタリオ州ナイアガラ、フォールズビュー・カジノ
6月20日 オンタリオ州ナイアガラ、フォールズビュー・カジノ
6月21日 ニューヨーク州ベセル、ベセル・ウッズ・センター・フォー・アーツ
6月22日 コネチカット州アンカスビル、モヒガン・サン
6月24日 ニューヨーク、ラジオ・シティ・ミュージック・ホール
6月25日 マサチューセッツ州ボストン、バンク・オブ・アメリカ・パビリオン
6月27日 ニュージャージー州ホルムデル、PNCバンク・アーツ・センター
6月28日 ニュージャージー州アトランティック・シティ、トランプ・タージ・マハル・カジノ・リゾート
6月29日 ニュージャージー州ウェストベリー、ノース・フォーク・シアター・アット・ウェストベリー
8月2日 カリフォルニア州ロサンゼルス、グリーク・シアター


ご存知ない方のために説明しておきますと、リンゴは1989年以降、自分と親交のあるミュージシャンを多数集めた「オール・スター・バンド」を結成してツアーを行っているのですが、毎回メンバーの入れ替わりがありまして、今回のメンバーは第10期となるんですね。
1期ごとにツアーを行っているわけですから、解散後に最も多くソロ・ツアーを行っている元ビートルズは、実はリンゴということになります。

1989年と1995年には来日公演があったんですが、今年はどうでしょうかね。
後期日程の発表が楽しみです。

今年もし来日公演があったらコリン・ヘイが参加しているのも、私にはうれしいです。
コリン・ヘイは80年代前半に活躍したMEN AT WORK(メン・アット・ワーク)というオーストラリアのバンドのリーダーなんですが、私はMEN AT WORK好きだったんですよね~。
シリアスとユーモアを足して2で割ったようなバンドで、ピリッと苦味のきいた社会派バンドでした。
MEN AT WORK

それではコリン・ヘイが参加していた第8期(2003年)のリンゴ・スター&ヒズ・オールスター・バンドの演奏を1曲。

With A Little Help From My Friends – Ringo Starr and His All-Starr Band


そして同じく第8期のコンサートから、MEN AT WORKの「Down Under」を。
サビの部分では昔のような高音が出てないですが、相変わらず渋くていい声です、コリン・ヘイ
イントロを弾き始めたら観客の反応がイマイチで、「この曲知らないの?」とジョークを言うところなんかも彼らしくていいです。

祈・来日!!

Down Under– Ringo Starr and His All-Starr Band


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リンゴとポールは不仲ではない

2008/02/15 14:44|リンゴ・スターTB:0CM:4
リンゴの「LIVERPOOL 8(邦題:想い出のリヴァプール)」が2月14日に日本で発売となりました。
liverpool8.jpg

今年1月に、リンゴポールとコンサートで共演するつもりはないとインタビューで語ったことで、リンゴポールは不仲なんじゃないかと噂されたりしましたが、私はそうは思っていません。
→2008年1月リンゴのインタビュー

ビートルズ解散後にリンゴポールが公式に聴衆の前で共演したことは、今回どころか今までに一度もないのです。
(注:コメントをいただいて気付きましたが、ジョージの追悼コンサート「CONCERT FOR GEORGE」で1度だけありました)
「仲が悪くなったから」やらないのではなく、「今までどおり」やらないと言っているだけです。
(注:リンゴジョージのコンサートでの共演はあります。また非公式な場では1975年5月、エリック・クラプトンの結婚式でリンゴとポールジョージの3人が共演しています)

ですからまあ私としては、今回のリンゴの発言も「いつものこと」としか思っていません。

ステージで共演していないこと自体が不仲の証拠じゃないかと思う方もいるかも知れませんが、以前から不仲でない証拠に、レコーディングやプロモーション・ビデオの共演はいくつもあります。
ポール制作の映画にまで、リンゴは出演しているんですから。

それでは、1984年のこの曲。
いい曲ですよ~。

PAUL McCARTNEY - SO BAD


さてビートルズ解散後、ソロになったリンゴにポールが提供したオリジナル曲が4曲あります。
ジョンがリンゴに提供した曲が3曲で、一番少ないのは1980年に亡くなったせいもあるんですが、ステージで2回共演しているジョージが提供した曲が5曲ですから、ポールの4曲というのは決して少ないわけではなく、このことからもリンゴとポールが特別に不仲でなかったことがわかると思います。

ポールがリンゴに提供した曲は、次の4曲です(括弧内はアルバム名)。
"Six O'Clock" (Ringo)
"Pure Gold" (Ringo's Rotogravure)
"Private Property" (Stop and Smell the Roses)
"Attention" (Stop and Smell the Roses)

「Private Property」だけ動画が見つかりました。
ポールらしい、ノリのいいポップなナンバーです。

Ringo Starr - Private Property


今年6月からはコンサート・ツアーを予定しているというリンゴ。
ツアーの日程や開催地の発表はまだありませんが、来日コンサートへの期待が高まります。

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離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

2008/02/11 17:03|ポール・マッカートニーTB:0CM:14
ポール・マッカートニーとへザー・ミルズの離婚訴訟に決着がつく見通しとなりました。

Paul Heather

ポール離婚 妻へ115億円支払い

 元ビートルズのポール・マッカートニー(65)が、元モデルの妻ヘザー・ミルズさん(40)に総額5500万ポンド(約115億円)を支払うことでの離婚訴訟が決着する見通しとなった。9日付英紙デーリーメールが伝えた。この金額はポールの推定総資産8億2500万ポンド(約1724億円)の約7%。

 内訳は、財産分与が2000万ポンド(約41億8000万円)で、離婚をめぐる分与額としては英国で過去最高。これに加え、03年、2人の間に誕生した女児ベアトリスちゃん(4)が18歳になるまでの養育費として年間250万ポンド(約5億2250万円)を計14年にわたり計3500万ポンド(約73億円)を支払う。

 へザーさんへの条件としては(1)破局の原因を公にしない(2)今後5年間、海外生活を求めない(3)米メディアにレギュラー出演できないなど。ベアトリスちゃんをめぐっては(4)今秋からの義務教育(5~16歳)は英国で始める(5)隔週でポールにも過ごす権利がある――ことなどが含まれるという。

 ノース・ロンドン、サセックス、スコットランド、ニューヨーク、ロサンゼルスの不動産はポールが所有する。

 夫妻は02年に結婚、06年7月に離婚を申し立てた。共同電によると、今月11日からは法廷で非公開の審理が予定。同紙は「双方とも条件面で原則合意した」と伝えた。


とまあ、ネットで配信されている情報はこれくらいですね。

約115億円の慰謝料というのが当然話題になっていますが、これは有名人の離婚慰謝料の第3位に相当するようです。

米経済誌「フォーブス」が昨年発表した、芸能人などの有名人が離婚した際に支払われた慰謝料の推定金額リストによると、首位は元NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンの推定1億5000万ドル以上でした。
マイケルジョーダン

1億5000万ドル「以上」ですから、159億円「以上」ですね。
2位が米歌手のニール・ダイアモンドとマルシア・マーフィ夫妻で、推定1億5000 万ドル(159億円)。

3位は昨年の時点では映画監督のスティーヴン・スピルバーグとエイミー・アーヴィング夫妻で1億ドル(約106億円)でしたから、ポールとヘザー・ミルズの離婚慰謝料はこれを抜いて歴代3位というわけです。

慰謝料の金額については正直なところ、私は大して興味がありません。
自分に入ってくるわけじゃないんだし(当たり前じゃ)(笑)、
なにより慰謝料の金額は単に資産に見合った金額というだけであって、それがポール・マッカートニーという人物を表しているわけではないからです。

どちらかというと、私はこの離婚訴訟の経過に興味があります。
ニュースの記事を引用しながら、振り返ってみましょう。

ポールとへザー・ミルズが結婚したのは2002年6月のことで、離婚について公式なニュースが流れたのが2006年5月でした。
2006年5月の第一報は、次のようなものです。

ロンドン時間5月17日午後、ポールとヘザーは話し合いによりそれぞれ別々の道を歩むことになったという声明を連名で出した。以前からロンドンの関係者の間では、ふたりのすれ違いが噂されていたが、この声明によりふたりはお互いの友情を確認しつつも、別居に踏みきったことになる。声明文は以下のとおり。

「私たちは、私たちを取り囲む日々のプレッシャーのなか、夫婦関係をうまくいかせようと必死で頑張ってきました。別々の道を歩むというこの決断は、悲しさを伴うものでした。私たちの別れは友好的で、ふたりともお互いのことを今もなお強く気にかけています。私たちのプライバシーが絶え間なく侵害されるなかで、通常の夫婦関係を維持するのがますます困難になり、私たちは子供のプライバシーを積極的に守ろうと努力してきました。どんなカップルであれ、別れはつらいものですが、公のなかでこのようなことを経験することは、特に幼い娘がいる状況では、大きな精神的負担でした。私たちがこの辛い時期を乗り越えられるよう、幼い娘のためにも、そっと見守っていただければ幸いです。」

また、この際のポール個人の声明は、以下のようなものでした。

僕とヘザーが今経験していることの最悪な側面のひとつは、一部のマスコミで行なわれている、噂と捏造された記事の悪意に満ちた流布です。
みんなが僕たちのために何かしてくれるとするならば、それらの話を信じず、僕たちが耐えなければいけない辛い記事を無視してほしいのです。この辛い時期におけるこういう側面に、僕たちはひどく困惑しています。
これに関してみんなの協力をもらえれば幸いだと思っています。


そして直後から、マスコミの間で慰謝料の額についての報道が飛び交うようになります。

マスコミは離婚になればポールが払うことになるであろう膨大な慰謝料の話題に固執しているが、法律専門家によればポールは推定15億ドルの資産の4分の1を失うかもしれないとのこと。たとえば4億ポンドであれば、日本円で約830億円となる。この離婚が厄介な裁判沙汰に発展することはないだろうと弁護士たちは見ているが、ポールが「ロマンティックでないから」と結婚前に同意書にサインしなかったことに対し、ポールは示談という形で大きな代償を払うだろうと彼らは語る。
当然ポールは、ヘザーが自分の資産に引きつけられ結婚したことを否定している。


ここで、ポールが結婚前に「離婚する場合の条件についての契約書」にサインをしていなかったことが明らかになります。
結婚の際に離婚の条件を決めておくというのは日本ではなじみのない制度で、私もポールの離婚騒動で初めて知ったのですが、海外の資産家の間では一般的なことなんだそうです。
離婚時に財産分与や慰謝料について、もめないためですね。
再婚者の場合は財産の相続権を持っている人物が多く、複雑になりがちなのでなおさらです(注:ポールとへザー・ミルズは、どちらも再婚同士)
Paul Heather2

日本であれば、結婚の際に離婚の条件を決めておくなんて「不謹慎」「縁起が悪い」といわれるでしょうが、欧米人にはそこまで違和感はないようです。
理由は、欧米人は結婚を「契約」と考えている面があるからです。
教会で結婚式を挙げると、神父や牧師から「婚姻における誓いの言葉」として「健やかなる時も、病める時も、死が2人を別つまで、お互いを伴侶であることを認めますか?」と尋ねられますが、これは裏を返せば「死んだらこの契約は終わり。この契約は死によって破棄されます」という意味でもあります。
結婚の際に結婚が終わる条件を(形式的ではありますが)確認する習慣なのですから、離婚によって結婚が破棄される場合のことを考えるのも、欧米人にとっては的外れなことではないのです。

しかし、ポールはこの「離婚の条件を決めておく」のを拒否しているのです。
理由が「ロマンティックでないから」なんて、本当にロマンティックではありませんか(笑)
とまあ、冗談はさておき、これはポールのへザー・ミルズに対する誠実さの証だったのでしょう。
資産家のポールと再婚するへザー・ミルズへの「財産目当て」という非難から、彼女を守ってやろうという気持ちの表れだったのだろうと思います。
そして実際に離婚することになった時にも、へザー・ミルズがポールの財産目当てで結婚したのではないことを表明し、へザーを世間の好奇の目から守ろうという気遣いまでしているのです。

60歳のポールが25歳年下の女性と再婚することについて、「いい年をして、このエロおやじ」的な報道はたくさんありました。
しかしこれだけの固い決意と誠意を持って、真剣に新しい女性と添い遂げようとした決意を、私は非難する気になれません。

まあ、結局は離婚するんですが(^_^;

その後しばらくは穏やかな離婚訴訟だったのですが、急にどろどろした展開になったのは2006年10月
ポールが家庭内暴力をふるっていたと、へザー・ミルズが声明してからです。

ポールがヘザー・ミルズの首をしめようとしたり、妊娠中の彼女に暴力をふるったという衝撃的なヘザーの発言が世界中のマスコミを騒がせている。
ヘザーが主張したことに対して、ポールは「ショック状態で打ちのめされている」と伝えられる。
離婚書類に記載されたヘザーのそれらの主張は、4度にわたるポールの暴力にふれられている。
ポールはワインボトルからワインを浴びせ、壊れたワイン・グラスで刺した、不法なドラッグをたびたび使用していた、2002年11月ロサンゼルスでポールが首をつかんで、コーヒー・テーブルに突き飛ばした、2003年、ヘザーが妊娠中、ポールが浴槽の中に突き飛ばしたと書かれている。
ポールは来年、法廷でそれらの主張に対して反論するつもりであることが伝えられた。
ある情報筋:「ポールは全面的にそれらの主張を否定した。ポールはこのように非難されることは信じられないと語っています。彼は憤っている。彼はヘザーのことをひたすら気遣っていたのに」

またヘザー・ミルズは、ポールが最初の妻リンダを殴っていた、という驚くべき主張をした。この主張を聞いて、ヘザーの支持者たちでさえ疑問符を投げ掛けた。
ポールが壊れたワイン・グラスでヘザーの腕を突き刺したという離婚書類が表ざたになったのに続き、この主張は発表された。彼女は、法廷でも同じ主張をすると語っているという。


このヘザー・ミルズの声明は当然、離婚訴訟を有利にするための作戦の1つだったのですが、翌月にはヘザーの声明を否定する証言が多数寄せられ、2007年3月の法廷でほぼ全面的に否定されました。

(2007年3月)先週の水曜日と木曜日、ロンドンの法廷内で起きたことの詳細が、初めて明らかにされた。ポールの関係者によると、ポールは圧勝の一歩手前だという。

昨年のヘザー・ミルズの驚くべき主張、―ポールが彼女に暴力を振るい、彼女の身体が不自由なことをからかった―というは、いとも簡単にポールの弁護士たちによって打ち破られた。
ポールの弁護団は、ヘザーが夢想家であることを詳細に説明し、ヘザーのポールに対する主張を整然と打ち破っていった。簡単に勝利が自分のものになることを確信していたヘザーの怒声が、法廷内に響き渡ったという。
裁判官によって、ヘザーの証拠の多くは「証拠能力なし」と規定された。
もっともヘザーにとってダメージとなったのは、彼女の公的発言をくまなく調査してポールの弁護団が作成した「真実と嘘」書類一式だった。

ポールは裁判所を去るときは、どの日も、ヒューっと口笛を吹き、お決まりの「ピース」サインをして去っていった。そのピースサインは、「ビクトリー」のVに解釈されている。対照的に、ヘザーは頭を下げたまま、険しい表情で去っていった。
「ポールの弁護団は、ヘザーがここ何年ものあいだに公言したことについて、徹底的に聴き取り調査をしてきた」と、法的関係者は言う。
「彼らはまた、本、記事、ウェブ投稿まで、ヘザーが書いたものすべてを調査し、些細な矛盾点までも探した。また、ヘザーがコールガールだったことに対して否定している点にも着目した。それはもちろん両者にとって気分のいいことではありませんが、嘘の発言をしているのはヘザーなので、仕方がないことなのです」
ヘザーの弁護団は、できるだけ早く和解するようアドバイスしているという。


そして実は2007年10月には、慰謝料の金額についてはほぼ同意に達しているのです。
(今回の報道よりも多い金額でしたが)

10月12日、ポールとヘザーは、ロンドンの王立高等法院で行なわれた離婚調停についての話し合いの後、裁判所から出てきた。ダークグレーのスーツ姿のポールはVサインをしていた。一方、ボディガードに付き添われたヘザーは、待ちかまえていたカメラマンや記者から顔を隠し立ち去った。

午前10時30分から午後6時30分くらいまで行なわれた長い話し合いだったが、ポールが7,000万ポンド(約150億円)を支払うということで合意は成立はしていたものの、ヘザーがポールとの結婚生活をテレビのドキュメンタリーで回想するという番組、また結婚生活の回想録を本にするという計画をとりやめない為、調停では終わらず裁判になる可能性が大きい。またベアトリスの養育権についても未解決となっている。ポールは現在週の半分は子育てにあてているなど、ベアトリスを手放したくないとのこと。


それでは昨年の10月から今年の2月まで、裁判で何を争っていたかというと、2人の間の子供であるベアトリスの親権です。
ポールにとっては残念なことに、親権はへザー・ミルズへと渡ってしまいましたが、年間約5億2250万円もの養育費を支払うことを認めたのも、ひとえに娘かわいさのためでしょう(金額的には親バカが過ぎますが(>_<)!!!!!)

そして注目すべきは、この離婚訴訟の間ポールは「非常にショックを受けている」という内容のコメント繰り返すのみで、へザー・ミルズの人格を攻撃するようなコメントを少なくとも公には表明していないのです。

大きな資産を持ちながら結婚時に離婚の条件について検討せず、離婚が決まった際にも相手を思いやるコメントを出し、離婚裁判中も相手を誹謗・中傷せず、最後まで子供の親権を欲しがったポール。

いい年をしたエロおやじどころか、敬愛すべき紳士、愛すべき私たちのポール・マッカートニーそのものではないですか!!

1998年に先妻リンダが亡くなっていなければと、叶わないことを願っても仕方がないのですが、離婚訴訟に決着がつくことでリンダがそばにいた頃のように、ポールに心の安らぎが訪れることを願ってやみません。



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ハードデイズナイトホテルへようこそ!

2008/02/08 17:31|その他TB:0CM:14
ようこそ。ハードデイズナイトホテルへ!

というわけで、今回は2008年2月1日リバプールにオープンした「ハードデイズナイトホテル」をご紹介します。

名前からお分かりのとおりビートルズにちなんだホテルで、2008年ヨーロッパ文化首都に選ばれたリバプールの新しい観光の目玉と期待されています。
これがホテルのロゴ・マーク。
ロゴ

アルバムのオープニング曲でもあり、映画のタイトルにもなっている「A HARD DAY’S NIGHT」のイントロの“ジャ~ン”というギターのコード(Gsus4)をモチーフとしてデザインされています。
また、ビートルズのステージを真上から見下ろした時の4人の立ち位置でもあり、beatles stage
ロゴのバックの20個の四角は、アルバム・ジャケットを連想させますね。
AHARDDATSNIGHTジャケット


それでは早速ご案内しましょう。

とその前に、せっかくですから飛行機でリバプールに乗り込むことにしましょうか。
到着するのはもちろん、ジョンレノン空港
小さな空港なので、イギリス国外からまずロンドンのヒースロー空港へ行き、そこでリバプール行きへと乗り換えます。
リバプールジョンレノン空港

ジョンレノン空港ジョンが育ったメンローブ・アベニューからちょうど9マイル(14.4キロ)のところにあります。
以前からあった空港なんですが、2001年にリバプール空港からジョンレノン空港に改名されました。
空港内にはこんな銅像が建っています。
ジョンレノン空港内銅像

また空港近くの公園には、こんな黄色い潜水艦も見られますよ。
イエローサブマリン

それではホテルへと向かいましょう。
ハードデイズナイトホテルはキャバーン・クラブのあるマシュー・ストリートの一角にあります。
MATHEW STREET」のプレートがわかりますか?
ホテル壁4MATHEW STREET

1884年に建てられたオフィスビルを改装した、6階建ての四つ星ホテルです。
建物の外周にはFab4の銅像が建っており、通りを行き交う人々を見守っています。
新ホテル正面

ジョン彫刻

さて、玄関をくぐって受付に向かったあなたを、NEW YORK CITYのTシャツを着たジョンが迎えてくれます。
“Hello, John !”と声をかけてみましょう。
ジョン胸像

チェック・インが済むまで、ロビーで一休みしましょうか。壁のFab4を眺めながら。
ロビー

ホテルの部屋数は110室あり、それぞれの部屋にはFab4の写真や絵画が飾られています。

絵画はビートルズ・アートで名高いアメリカ在住の芸術家シャノンの作品です。
それでは作品のいくつかを見てみましょう。
ジョージ肖像ヘルプ

リンゴ肖像ナイト

チェック・インが済みました。
お好きなお部屋へどうぞ。ラグジュアリー、デラックス、スイートの3種類ありますよ。
エレベーターに乗らずに階段で行きましょう。階段の壁のFab4の写真を眺めながら。
階段

階段2

さて、どの部屋にしましょうか。
部屋1

スイートがお好みなら、レノン・ルームはいかがですか。
白いピアノで「Imagine」なんか弾いてみては。
レノンルーム

ポールのファンなら、こちら。
マッカートニー・ルームです。
マッカートニールーム

お腹が空きましたか?
そうですね、はるばる日本から来たんですからね。

ホテル内には「ザ・ブラスリー」と「ブレイクス」の2つのレストランがありますが、今夜は「ブレイクス」に行きましょうか。「ブレイクス」の名前の由来は、アルバム「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」のジャケットをデザインしたピーター・ブレイクです。
Sgt. Peppersジャケット

壁の写真はアルバム・ジャケットに写っている人たちです。
1人1人探してみるのも楽しそうですね。
アイシュタインはすぐに見つかりました!
レストランBlakes

レストラン壁写真

天井にはビートルズ・ソングの歌詞がいっぱい。
リリック

また、「ザ・ブラスリー」にはシャノン作の肖像画がたくさん飾ってありますから、絵画だけでも見ていきましょう。
ジョン肖像バード

ポール肖像ロックショウ

ジョージ肖像2

リンゴ肖像ブラスリー

お腹もいっぱいになったところで、ちょっとお酒でも飲みましょうよ。
ホテル内には「ハリス」と「バー・フォー」の2つのバーがありますが、今夜は「バー・フォー」に行くことにしましょう。
バー・フォー

バー・フォー2

お酒が入って、いい気分になりましたね。
部屋に帰って、あなたと2人、素敵な夜を過ごしましょう。
白熊

ご予約はこちらまで。
HARD DAYS NIGHT HOTEL Web Site

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世界が彼らを愛してる

2008/02/05 13:05|Fab 4TB:0CM:8
最近、肩が凝るエントリーが続いていましたので(笑)、今回は小ネタです。

shiropさんのブログで「NASAがビートルズの曲を北極星に向けて送信する」という記事があり、
「アメリカ人ってビートルズ大好きですよね~。アメリカのホッケー・リーグでビートルズ・ナイトというイベントをやってますよ。」
「アメリカのパワー・パフ・ガールズというアニメの悪役にThe Beat-Allsという4人組が出てきて、随所にビートルズのパロディがありますよ。」
The Beat-All

などとコメント欄で盛り上がっていたのですが、
shiropさんの「世界中今でも、ビートルズが好きなんですよ。僕たちのようなファンはもちろんですが、本当に奇跡ですね。」というコメントを読んで、ハッとしました。
なるほどこんなブログを書いたり読んだりしている私たちも、イギリス人からみればアメリカ人以上に遠い“Far East Man”なんですよね。

そうなんです。
アメリカ人だけじゃなく、世界中が今でもビートルズを大好きなんです
そこで、今回の小ネタです。

とある日本の方(注:私ではありません)がスリランカを旅行(仕事?)した時の、レストランでの風景です。

何を歌っているのか最初はよくわからないんですが、よく聴いてみると、「Yesterday」です。

ははは。
下手だよ。お兄さん!
ギターだけ弾いてもらって、私なら自分で歌いたい!!

スリランカでも人気があるんですね~。ビートルズ。
欧米人へのサービスなんでしょうが、この下手さを考えるとサービスというよりも、とにかく歌いたかったんじゃないかという気がします。

ちなみにスリランカはここです。
SriLanka.png


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Come Togetherの歌詞を読み解く 後編

2008/02/01 16:27|Abbey RoadTB:1CM:88
前回のエントリーで「Come Together」の歌詞はすべて、ビートルズのメンバーについて歌ったものだというお話をしました。
そのためには直訳された対訳ではなく、当時のビートルズの状況を踏まえた意訳が必要になります。

それではまず、私が意訳した日本語の対訳をご紹介します。

①古ぼけた航空母艦に乗って、奴はのんびりご機嫌でやって来た

②奴はギラギラした目をした聖なるロックン・ローラーさ

③奴の髪は膝まで伸び

④自分の好きなことしかやらないうぬぼれ屋だ


⑤奴は裸足で指が汚れてる

⑥奴はけがれた指でコカインを打っている

⑦奴は言う「俺とお前はよく知った仲じゃないか」

⑧俺が奴に言えることは、奴はもう用無しってことさ

⑨ここらで一発やろうじゃないか 俺と一緒に


⑩セイウチの格好をした奴は、バギズムをやってる

⑪奴はYOKO ONOと食卓を囲むようになったが、(事故って)背中を怪我させちまった

⑫奴はしょぼくれてひざまずいたさ

⑬アームチェアーでYOKOを抱いてる、奴のショックがわかるだろう

⑭ここらで一発やろうじゃないか 俺と一緒に


⑮そんなに急いじゃあぶないぜって、奴は言ってた

⑯濁った水の中で、奴は浄化槽のような奴だ

⑰「1+1+1=3」なんてわかりきった正論を言ってるが、

⑱奴は(グループの)状況がよくわかってないから、いい奴の役回りができるんだ

⑲ここらで一発やろうじゃないか 俺と一緒に


この意訳だけで、ファンの方ならだいたいわかるかも知れませんが、私なりの解説をさせていただきます。
Come Together」は4コーラスからなっており、1コーラス目がジョージ、2コーラス目がポール、3コーラス目がジョン、4コーラス目がリンゴのことを歌ったものだと思われます。

ここで前提として頭に入れておく必要があるのは、
ビートルズの解散がメンバーの心の中で決定的になっていたということ。
ジョンヨーコとの2人の活動を希望し、ジョージもソロで自分の好きな活動をしたがっていたこと。
そして、心情的にポールV.S.ジョンジョージ、やや離れてリンゴ、という構図があったことです。

まず、ジョージのことを歌っていると思われる1コーラス目(①~④)。
古ぼけた航空母艦」とは「ビートルズ」のことでしょう。
当時のジョンにとってビートルズはもう過去の遺物と感じていたのだと思います。
のんびりご機嫌で来た」というのは、ジョージが少しずつ実力をつけてきたことを言っているのかも知れません。
うがった読み方をすれば「航空母艦」は「戦闘機を乗せる戦艦」ですから、航空母艦を操縦しているのは自分とポールで、ジョージは母艦に乗っかっている戦闘機なんだと言っているようにもとれます。その方が「のんびりご機嫌」のフレーズが活きてくるような気がします。
ギラギラした目」はジョージの眼つきのするどさを、「聖なる」というのはクリシュナ神の信仰のことだと思います。
当時のメンバーはみんな長髪なんですが、特に長いのがジョンとジョージです。
1969beatles2.jpg

ビートルズとしてではなく、ソロ活動をしたがっているジョージの様子を歌っているのではないでしょうか。
うぬぼれ屋」というのは、ジョンのジョージに対する評価がまだ対等でないことの表れかも知れません。

次に、ポールのことを歌っていると思われる2コーラス目(⑤~⑨)。
裸足だ」と言っていることから、これがポールのことだとわかります。
Abbey Road」のアルバム・ジャケットはポールが裸足で写ってますよね。
ちなみに「Come Together」のレコーディング初日が1969年7月21日、ジャケット撮影が8月8日なので、実際には「Come Together」のレコーディングの時点では、まだあのジャケットは撮影されていないんですが、おそらくどういうジャケットにするかを前もって話し合っている時に、裸足になってみようかなどとポールが話したんじゃないでしょうか。
Abbey_Road.jpg

COCA-COLAはおそらくコカインでしょう(この頃のビートルズはもうドラッグはやめていたと思いますが)。
ポールの素行が悪いといっているのか、あるいは隠れて悪事をしているようなニュアンスだと思います。
そして「俺たちはよく知った仲じゃないか」と言うポールに対して、ジョンは「お前は1人(free)になれよ」と言ってるのです。
ポールが気の毒になるくらい、辛辣な歌詞です。

続いて、ジョンが自身のことを歌っていると思われる3コーラス目(⑩~⑭)。
I Am The Walrus」ですから、セイウチの格好をしているのは、もちろんジョンです。
I Am The Walrus

バギズム(bagism)」というのは当時のジョンとヨーコが行っていた活動の1つで、「外見で人を判断したり、惑わされてはいけない。袋の中に入ってしまえば、肌の色や髪の長さなど関係ない」という主旨の運動です。
bagism.jpg

⑪~⑬は、当時のジョンの交通事故のことを歌っているようです。
交通事故についての、当時の朝日新聞の記事です。

1969年7月2日(朝日新聞・夕刊)
「レノン一家が負傷  ドライブ中に事故
【インバネス(英スコットランド)一日発ロイター、UPI=共同】
ビートルズのジョン・レノン、小野洋子夫妻は一日、休日を利用してスコットランド地方をドライブ中、交通事故を起し、病院に収容された。
警察の発表によると、二人のこどもも病院で加療中だが、病院側は「重傷者はいない」というだけで、詳しい説明を避けている。
レノン氏(二八)はアゴを切り、洋子さん(三四)はレントゲンで検査中、レノンの子ジュリアン君はムチ打ち症の疑いがあり、洋子さんの娘はクチビルを縫ったといわれる」


新聞記事からはヨーコの怪我の様子がよくわからないんですが、ヨーコはジョンよりも重症で、事故後しばらくベッド上で療養していましたので、背中を痛めて動けなかったのだと思われます。
ジョンは自分の運転で事故を起こしてヨーコに怪我をさせたことで落ち込んでいる、という歌詞ですね。
この部分の歌詞の「He」はジョンですから、抱かれている「You(お前)」はヨーコだと思います。

最後は、リンゴのことを歌っていると思われる4コーラス目(⑮~⑲)。
そんなに急いじゃあぶない(=このままじゃバンドが解散する)」と、他のメンバーに忠告するリンゴ
ドロドロした人間関係の中で、ただ1人、クリーンな立場リンゴ
これは当時のメンバー間でのリンゴの立場を表しているものと思われます。
ビートルズ解散後のリンゴのソロ・アルバム第1作目で、ポール、ジョン、ジョージの3人がアルバム作りに協力していることからも、リンゴがどのメンバーとも対立していなかったことがうかがえます。
ウィキペディア(Wikipedia)で紹介されていた⑰He say "one and one and one is three"はここではとばして、後で解説します。
最後の⑱で、リンゴは解散へと向かうビートルズの内情がよくわかっていない(=それだけのしがらみがない)ので、クリーンな「いい奴」の立場でいられるんだとジョンは言っているものと思います。

さて、⑰He say "one and one and one is three"ですが、以前は私も「ビートルズは1人抜けて3人になる」という意味だと思っていたのですが、その解釈は、誰とも対立せずに解散を止めようとしている前後の文脈と矛盾してしまいます。
ではどう考えるかですが、私はこの部分のフレーズは、小節の長さの関係で"one and one and one is three"となっただけで、本当は"one and one and one and one is four"という意味なんじゃないかと思います。
つまりリンゴは「俺たちは4人じゃないか」と言っているのではないかと思うのです。
ただ“and one”をもう1つ追加するほど小節が長くないので、「1+1+1=3」というフレーズにしたのではないかと。
そうすると、ビートルズは4人なので事実と合わない歌詞になるのですが、結果としてメンバーの数のことではなく、「わかりきった常識」「わかりきった真実」という意味で使っているのだと私は思います。
私たち日本人が「わかりきった当たり前なこと」の例として「1+1=2」を挙げるような感じですね。
そう考えると「1人だけ中立の立場にいて、分かりきった正論を言っているけれど、そんなのは状況がよくわかってないから言えるんだぜ」と、歌詞がきれいにつながるのです。

いかがでしょうか?
意味不明といわれる「Come Together」ですが、解釈によっては意味不明どころかジョンの叫びがはっきりと読み取れて、その内容にビートルズ・ファンとして心が痛みます。

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