私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
http://beatlesinmind.blog101.fc2.com/

プロフィール

東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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きゃ~!! ビートルズでホラーな日々?

2008/03/31 21:36|Fab 4TB:0CM:6


いきなり動画から始まりましたが、ご存知ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!(A HARD DAY’S NIGHT)」のオープニングです。
ジョージとリンゴがいきなり転ぶところが斬新です(笑)
ジョンが大笑いします。
面白いハプニングだったので、撮り直さなかったんでしょうね。

なぜこの映画から始まったかといいますと、1964年の3月31日はこの映画のクライマックス・シーンであるスタジオ・ライブが撮影された日だからなんですが、今回のブログの内容は全く違います(笑)

ビートルズくらいメジャーになるといろいろなパロディーが出てくるものですが、ちょっと珍しい系統のものを見つけました。
ビートルズホラー
この組み合わせは初めて経験しました(笑)

ちなみに私はホラー映画が苦手なので、最後まで見るのが結構辛いです・・・

The Beatles VS zombies


続いて、これ。
もう、これは最後まで見れません、私には。
ホラー大好きな人だけ、どうぞ!

The Zombeatles - A Hard Day's Night of the Living Dead


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1998年のビートルズ

2008/03/28 18:02|Fab 4TB:0CM:20
2008年も3月末になり、もう1年の4分の1が過ぎました。
なんだかあっという間ですね~。
ポールの心臓手術のニュースから始まった2008年という感じがしているんですが(後に誤報との声明があり、真偽のほどは不明です)、さて10年前の1998年ビートルズにとってどんな年だったのか、振り返ってみましょう。

まず最もショッキングだったのが、リンダ・マッカートニーが亡くなったことでしたね。
ladylinda.jpg

先日、後妻のヘザー・ミルズとの離婚調停が終了したポールですが、リンダが亡くなってちょうど10年だったんですねえ。
享年56歳。1995年に手術した乳癌の再発・肝臓への転移だったんですが、亡くなる2日前にはポールと一緒に乗馬を楽しんで、ポールや家族に見守られながらの最期だったそうです。
今は空の上から、リンダがポールのことを見守ってくれていることでしょう。

さて悲しいニュースで始まった1998年ですが、続いては明るい話題です。
リンゴが6月に6年ぶりのニュー・アルバム「ヴァーティカル・マン」をリリースし、8月から9月にかけてはオール・スター・バンドを率いてヨーロッパ・ツアーを行ったのです。
翌年には日本公演も実現しました。
ringo 1998 concert

そしてジョージが1997年に咽頭癌の手術を受けていたことを6月に公表しましたが、同時にニュー・アルバムを製作中であることも公表されました。元気そうなジョージの姿とアルバム制作のニュースにビートルズ・ファンはうれしくなったのですが、3年後に悲しいニュースを聞くことになるとはこの時は思ってもいませんでした。
George Harrison

また1998年はFab4の子供達が次々に来日した年でした。
ジュリアン・レノンショーン・レノンがどちらも5月にアルバムを発表し、9月に来日しています。
ジュリアンにとって5枚目となる7年ぶりの新作「フォトグラフ・スマイル」は、ジュリアンが「これが真のファースト・アルバムのような気がしている」と語った会心作で評判もよかったのですが、その後の活動の様子が聞かれないのが残念です。
julian lennon

一方、ショーンはデビュー・アルバム「イン・トゥ・ザ・サン」を発表しました。ショーンはその後も地道に音楽活動を続けており、昨年8月にも来日しましたね。
sean lennon

あとポールの娘でありデザイナーのステラ・マッカートニーも、パリのブランド「クロエ」のチーフ・プロデューサーとして来日して、両国国技館でのショーではステージにも登場しました。
setella mccartney

ステラはその後もデザイナーとして活躍し、今は自身のブランド「Stella McCartney」を立ち上げています。
→STELLA McCARTNEY

1998年のリリースはその他に、ジョンのCD「ジョン・レノン・アンソロジー」、ジョンのCD「ウォンサポナタイム」、ジョンのビデオ「マイク・ダグラス・ショー」、ポールの覆面プロジェクト・ファイアーマンの「ラッシズ」などもありました。
またビートルズの作品では、「ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)」発売30周年を記念して、デジパック仕様の特別CDが限定発売されています。
white album

また日本独自の編集盤「グレイテスト」シリーズで、ジョンとポールの新しいベスト盤も発売されました。

まだまだ書きもれているニュースは沢山あると思います。
1960年代のバンドであるビートルズなんですが、30年後でも話題はつきてませんねえ。

さて1998年から10年後の今年2008年は、まず1月にリンゴのニュー・アルバム「想い出のリヴァプール」が発売され、6月からの北米ツアーが決定しています。
またポールはニュー・アルバムを製作中とのことです。

この後の9ヶ月で、どんなニュースが聞けるのでしょうか。
うれしくてびっくりするようなビッグ・ニュースがあるといいですね。
ビートルズ・ファンにとって幸せな1年になりますように!

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あの頃へGet Back !

2008/03/25 09:42|Fab 4TB:0CM:20
1969年1月2日。心の中で解散を意識しながらビートルズは、この日から約1か月にわたってセッションを行いました。
これが俗にいう「Get Back Session」です。
もともとは3年ぶりにコンサートをやるためのリハーサルとして始めたセッションだったのですが、ジョージの頑なな拒否でコンサートの計画は頓挫し、その後はセッションの様子を映画にするためにセッションは続けられました。

しかしすでに気持ちがバラバラになっていた上に、映画撮影スタッフに囲まれて演奏から会話の一語まですべて録音されるという状況に加え、もともと夜型のFab4が撮影スケジュールに合わせて朝からセッションを行う苦痛などもあり、ストレスを募らせたFab4は、集中力を欠いた散漫な演奏の膨大なかけらを残してセッションを終わりました。

このセッションの音源は多数の海賊盤ブートレッグ)で聴けますが、だらだらとした演奏が大半で、最初から最後まで演奏を完奏できている曲の方が少ないくらいです。

しかし重苦しく険悪な雰囲気の中で行われたGet Back Sessionだったのですが、時には楽しいこともあったようです。
後年ジョンはGet Back Sessionについて、こんな発言もしています。

「そんなに嫌じゃなかったよ。朝起きて仕事に行って、普通の会社員と同じだよ。それでご機嫌なギグができればハッピーだったね。」

ジョンは気まぐれで発言の内容がころっと変わりやすいと私は思っていまして、このジョンの発言も必ずしも真実ではないのかも知れませんが、喉元を過ぎた時期のジョンにとって、懐かしく思えるくらいの楽しさもあったということではないでしょうか。

さて今回ご紹介する動画ですが、私はこのシーンを20数年前に海賊盤で音のみ聴いたことがありました。
音のみを聴いていると、なげやりになってふざけているようで、当時の私はいい気持ちがしなかったんですが、今になって動画をみてみると、少年のように無邪気にふざけるノリノリのジョンポールがいました。
重苦しいセッションの合間でしたが、ただロックが好きで、ロックができれば幸せだった少年時代にGet Backしたひと時だったのだと思います。

初めて見る方の楽しみのために、動画内容の説明はいたしません(*^_^*)



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3月22日 今日は何の日?

2008/03/22 09:37|Please Please MeTB:0CM:18
想像してみましょう。

あなたは45年前にタイムスリップしました。
あなたの目の前にあるCDラックは、街のレコード店の陳列棚です。
本日発売のニュー・アルバムが置いてあるのに気付きましたか?
手に取ってみましょう。

Please Please Me

1963年3月22日は、ビートルズのデビュー・アルバム「Please Please Me」が発売された日なのです。

このアルバムには計14曲が収録されていますが、先に発売されていた2枚のシングル「Love Me Do」「Please Please Me」のA面B面の計4曲を除く残りの10曲は、2月11日の1日のみでレコーディングされています。

メンバーの演奏やボーカルを別々に録音して後で編集するその後のレコーディングのやり方ではなく、当時はコンサートと同じように全員で演奏しながら歌って録音していましたから、彼らは朝10時から夜10時45分までの間に3回の休憩時間をとった以外はぶっつづけで演奏したのでした。

想像するだけで信じがたいハードなレコーディング・スケジュールなんですが、デビューしたての新人としては当たり前の扱いだったんでしょうね。

このアルバムは、「One, Two, Three, Four」のポールのカウントから始まるオープニングと、ジョン「Twist And Shout」の熱唱で終わるエンディングがとても印象的なんですが、「Twist And Shout」はもともと収録曲に予定されていなかったんだそうです。

レコーディングも終わりに近づいた午後10時、本来ならばスタジオを閉める時刻になっても予定の10曲にあと1曲足りなかったため、メンバーとレコーディング・スタッフで話し合って最後の1曲を「Twist And Shout」にしようと急きょ決めたんだとか。

ビートルズに対する新人という扱いと、時代を感じさせるアバウトなエピソードなんですが、この思いつきの演奏によって、「Twist And Shout」は後世に語り継がれる名曲となったのです。

音楽に限らず歴史上の偉大な出来事の多くには、きっとこんな偶然がかかわっているんでしょうね。
偶然を味方につけることができた時に、偉業が達成されると考えるべきなのかもしれません。

さて3月22日に発売されたこのアルバムは、4月6日付で英国チャート第10位、5月4日付で1位になり、11月23日まで連続30週1位を記録しました。

そして、この大ヒット・アルバムを2位に落としたのは、なんとビートルズのセカンド・アルバム「With The Beatles」で、そのセカンド・アルバムも1964年4月25日付まで連続1位だったのですから、ほぼ丸1年間ビートルズがチャートの1位を独占していたわけです。
1年間同じアーティストのアルバムがチャートの1位にいるなんて、ちょっと想像できませんね~。

そしてセカンド・アルバムによって2位になっても、「Please Please Me」はそのあと13週連続2位で、その後も1964年6月13日付までチャート10位以内にとどまり、彼らのデビュー・アルバムはなんと1年以上チャートの10位以内にいたのです。

偶然を味方につけたこのアルバムはこんな偉業を成し遂げて、ビートルズはロックの歴史を切り開いていったのです。

それでは、もともと風邪で体調不良だったジョンが、12時間のレコーディングで痛めていた喉で、のど飴をなめてミルクでうがいをしながら歌った「Twist And Shout」をみんなで聴きましょう。
偶然の女神は、頑張った人に微笑むのです(*^_^*)

The Beatles – Twist And Shout


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頭から水をかけられたポールの女性弁護士さん

2008/03/20 09:42|ポール・マッカートニーTB:0CM:19
ニュー・アルバムを出したくらいではニュースにならないポール・マッカートニーですが、離婚となるとYahooニュースのヘッドラインに連日登場しています。

離婚ネタって、大衆の注目の的なんですねえ。

まったく不誠実だった=マッカートニー離婚調停で判事が妻を酷評
3月19日15時39分配信 時事通信

【ロンドン18日AFP=時事】元ビートルズメンバーのポール・マッカートニーさん(65)の離婚調停が17日にまとまり、別居中の妻のヘザー・ミルズさん(40)に2430万ポンド(約47億円)が支払われることになったが、調停を担当したヒュー・ベネット判事は18日、ミルズさんが調停中、まったく非現実的な要求を持ち出すなど、とても誠実といえた態度ではなかったと明らかにした。

 調停で1億2500万ポンドを要求していたミルズさんは調停の詳細を公表しないように裁判所に求めていたが、同判事はこれを拒否し、4年間しか結婚期間がなかったミルズさんがいかにマッカートニーさんに過度な要求をしたかを明かしている。

 同判事によると、ミルズさんは将来の長期間にわたって、マッカートニーさんと同じ水準で、別れる前と同じ生活スタイルの維持が保証されることを強く主張したという。同判事は、別れた妻が以前とまったく同じ水準の暮らしを続けるのを期待することが極めて非現実的であるのは明らかだと指摘している。

 同判事はまた、ミルズさんの証言は矛盾だらけで不正確だったとし、調停の途中でマッカートニーさんの弁護士が、ロンドン郊外の不動産のローン料として48万ポンドを請求したミルズさんに対して、その不動産には返済するローンなど残っていないと不正を非難したことも明らかにした。
 ミルズさんは18日、同判事の批判に対して「極めて悪意に満ちたものだ」と怒りをあらわにするとともに、調停の全容を公表しないよう求めたのは、自分の住所も含めて公表されれば自身や子供に危険が及ぶ恐れがあるからだと反論した。

 しかし、17日の調停の最後にマッカートニーさん側の女性弁護士にコップの水を頭から浴びせたとの話については事実だと認めた。


>調停で1億2500万ポンドを要求していた

とのことですから、へザー・ミルズの要求額は約242億円だったんですねー。
最初に報道されていた慰謝料の総額が5500万ポンド(約115億円)で、この金額でも十分驚いていたんですが、その倍以上だったとは。

ポールのような資産家かつ財産相続人がややこしい(先妻の子供がいる)などの場合は、結婚の際に離婚の条件を決めておくというのは必須なんでしょうかねえ。
「結婚の際に離婚の条件を決めておく」については、下記のエントリーをご参照ください。
離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

>17日の調停の最後にマッカートニーさん側の女性弁護士にコップの水を頭から浴びせたとの話については事実だと認めた

こんなことをすると判事の心証を悪くして、調停で不利に働くのはわかりきったことだと思うんですが、逆上すると自分をコントロールできない性格なんでしょうね。

離婚裁判の中で、2006年末から2007年にかけて

「離婚書類に記載されたヘザーのそれらの主張は、4度にわたるポールの暴力にふれられている。
ポールはワインボトルからワインを浴びせ、壊れたワイン・グラスで刺した、不法なドラッグをたびたび使用していた、2002年11月ロサンゼルスでポールが首をつかんで、コーヒー・テーブルに突き飛ばした、2003年、ヘザーが妊娠中、ポールが浴槽の中に突き飛ばしたと書かれている。」


「昨年のヘザー・ミルズの驚くべき主張、―ポールが彼女に暴力を振るい、彼女の身体が不自由なことをからかった―というは、いとも簡単にポールの弁護士たちによって打ち破られた。
ポールの弁護団は、ヘザーが夢想家であることを詳細に説明し、ヘザーのポールに対する主張を整然と打ち破っていった。簡単に勝利が自分のものになることを確信していたヘザーの怒声が、法廷内に響き渡ったという。」


という経過があったのですが、家庭内で暴力をふるっていたのはへザー・ミルズの方だったのではないかと勘ぐってしまいます。

ポールの伝記には、まっとうなものから悪意に満ちたものまで様々あるのですが、ポールが暴力をふるう人間だという記事は、少なくとも私の知る限りでは1つもないんですよ。

ちなみにヘザー・ミルズに頭から水をかけられたとう女性弁護士はFiona Shackleton(フィオナ・シャクルトンさんで、チャールズ皇太子とダイアナ妃の離婚訴訟も担当している大物離婚専門弁護士です。

Fiona Shackleton

見た目はなんか派手なおばちゃんですが・・・(^ ^;

ありがとう、Fiona Shackletonさん

風邪ひかないでね(^_-)-☆

AFP通信からの詳しい記事がありました。

ロンドン(London)の高等法院で行われていた、元ビートルズ(The Beatles)のポール・マッカートニー(Paul McCartney)さん(65)と妻で元モデルの慈善活動家ヘザー・ミルズ(Heather Mills)さん(40)との離婚協議で、ミルズさんがマッカートニーさん側のフィオナ・シャクルトン(Fiona Shackleton)弁護士に「水差し一杯の水」を頭から浴びせていたことが明らかになった。ミルズさんが18日、語った。

 シャクルトン弁護士は普段、ブロンドの髪を完ぺきにセットしたヘルメットのような髪型で知られているが、2430万ポンド(約47億円)の慰謝料で合意が成立した17日、協議を終え法院から姿を見せたときには、「シャワーを浴びた直後」のような髪型になっていた。この時ミルズさんは誰が関わったかについては言明しなかったが、同弁護士が法廷内で「洗礼」にあったと語っていた。

 18日に報道陣に経緯を聞かれたミルズさんは、協議の最後に同弁護士に近づき、「わたしは負け犬なんかじゃない!」と言って「水差しの水全部」を頭から浴びせたことを明らかにした。また、当時の様子について、「わたしはとても冷静だった」と答えた。


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ポール・マッカートニー離婚訴訟に決着

2008/03/18 09:49|ポール・マッカートニーTB:1CM:19
ポールへザー・ミルズの離婚訴訟に決着がついたようです。

ポール・マッカートニーさん、妻に47億円で離婚成立
【ロンドン=中村宏之】ビートルズの元メンバー、ポール・マッカートニーさん(65)が別居中の妻のヘザー・ミルズさん(40)との離婚をめぐって法廷闘争を続けていた問題で、英裁判所は17日、マッカートニーさんに対し総額2430万ポンド(約47億円)をヘザーさんに支払うよう命じる決定を行った。

マッカートニーさんが支払う金額は約8億2500万ポンド(約1600億円)とされる資産額の約3%に相当する。ヘザーさんは裁判所に詰めかけた英マスコミの前で「満足している」とコメントした。マッカートニーさんは足早に裁判所を立ち去った。

二人の離婚をめぐっては財産分与額などで協議が難航し長期化。ヘザーさんに支払われる金額が英メディアに注目されていた。
3月18日0時49分配信 読売新聞


訴訟が始まった頃に提示されていた慰謝料が5500万ポンド(約115億円)で、最終的な金額が2430万ポンド(約47億円)ですから、裁判が進むにしたがって、ポールに有利な状況になっていったものと思われます。

今までの訴訟の経過はこちら。
→離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える
ポールの離婚訴訟と世界ツアーへの期待

弁護士の力量の違いももちろんあるのでしょうが、離婚に至った過程が明らかになるにつれて慰謝料が減額されたということは、ビートルズ・ファンの気持ちを軽くしてくれます。

離婚訴訟が終わり、夏にはニュー・アルバムをリリースして、秋からの世界ツアーを待ってるぜ! ポール!

Paul_McCartney_on_stage_in_Prague.jpg

ところで、今後へザー・ミルズはどういう人生を歩んでいくのでしょうね。

ジョン・レノンがシンシアと離婚した時に、ビートルズを取り巻く人たちはジョンの機嫌を損ねるのを恐れて誰もシンシアに近づかなったのですが、ある日、1人の男が1輪の薔薇の花と手紙を持ってやって来たそうです。
その男の名前は、ポール・マッカートニー。
手紙にはジョンシンシアの1人息子ジュリアンを励ます歌、「Hey Jude」の歌詞が書いてあったそうです。

今回へザー・ミルズの元を訪れる人はいるのでしょうか?

・・・いるでしょうね。
慰謝料47億円も手に入るし。。。(-_-;)

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ポールの離婚訴訟と 世界ツアーへの期待

2008/03/15 15:28|ポール・マッカートニーTB:0CM:10
ポールとへザー・ミルズとの離婚訴訟については、今年2月のエントリーで詳しく書いてるんですが、
その時の慰謝料の総額は5500万ポンド(約115億円)だったんですよね。
→離婚訴訟からポール・マッカートニーを考える

しかしこの金額にへザー・ミルズが合意しなかったため、判事が解決金の額を提示して改めて調停することになっていたんですが、
→マッカートニーさんの離婚協議決裂 判事が解決金の額提示へ

本日のニュースでは、慰謝料の金額が半額以下の約2500万ポンド(約50億円)に減っています。
Paul Heather3

マッカートニーさん 約50億円支払いで合意 英夕刊紙報道
2008.3.15 09:32
 【ロンドン=木村正人】14日付の英夕刊紙イブニング・スタンダードは、元ビートルズポール・マッカートニーさん(65)と2番目の妻ヘザー・ミルズさん(40)の離婚協議で、マッカートニーさんが約2500万ポンド(約50億円)を支払うことで双方が合意したと伝えた。
 同紙によると、高等法院のベネット判事が17日に裁定を下す予定で、その予備判決書の写しが双方の弁護団に送られた。ミルズさんは提示された約2500万ポンドを受け入れる方針という。
 英国では保険ブローカーのジョン・チャーマン氏が4800万ポンド(約96億円)の支払いを命じられたのが離婚解決金の史上最高額。今回それを上回る金額に達するとみて報道が過熱していたが、見込みが外れたようだ。
 マッカートニーさんは1998年、1人目の妻リンダさんを乳がんで亡くし、交通事故で片足を失ったモデルのミルズさんと2002年に結婚、06年に別居していた。


ポールの代理人からの正式な声明はまだありません。
まあイギリスの夕刊紙というのは、日本でいえば「夕刊フジ」みたいな感じなので、どこまで信用していいものかわからないところがあるんですが、離婚訴訟がポール側に有利な方向で解決に向かっているということでしょうね。

現在ポールはニュー・アルバムの制作を行っています。

ポールがニュー・アルバムの製作を開始した。広報担当者によると、ポールは先週(2月の第4週め)からレコーディングを開始した。曲作りはしばらく前からしている。アルバムは夏までには仕上がるだろうとコメントした。ポールは、ファイアーマンでタッグを組んだユースとふたたびコラボレートしていて、現在もイースト・サセックス州Ickleshamにあるユースのスタジオで断続的にレコーディングを行なっている。

離婚訴訟がこのまま解決すれば、ニュー・アルバムをひっさげて今秋から世界ツアー、という展開が期待できると思います。
ワクワク(*^_^*)

2008年2月20日のブリット・アワードのポールの演奏をアップしようとしたら、著作権違反でYouTubeから削除されていました(´・ω・`)ショボーン

で、今日はブリット・アワードのリハーサルで我慢です。

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ビートルズの楽曲 iTunesで配信?

2008/03/13 14:20|Fab 4TB:0CM:18
ビートルズの楽曲がiTunesで配信されるのかどうか、最近ネット上で話題になっていますね。
CDをすべて所有している昔からのファンとしてはあまり関心がないんですが、ネットを見てるとよく目につくので少しまとめてみました。
まずは今月のニュースを2つ転載です。
Apple-Mac-Beatles.jpg

ポール、慰謝料稼ぎ!? iTunesでビートルズ楽曲配信へ
 英紙イブニング・スタンダードは8日までに、ビートルズ元メンバー、ポール・マッカートニー(65)が、米アップルの音楽配信サイト「アイチューンズ・ストア」にビートルズの楽曲を提供することを決めたと報じた。
 アイチューンズでは、既にマッカートニーら元メンバーのソロ活動の楽曲が配信されているが、グループとしてのビートルズ作品の配信は初めてとなる。
 同紙によると、配信が予定されているのは「ヘルプ!」や「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」など、おなじみのアルバムやヒットシングルの数々。
 配信は数カ月以内に始まり、配信に伴う利益は総額2億ポンド(約410億円)に達する見通し。同紙は、ビートルズの曲はダウンロードのチャート上位を数カ月間独占すると予測した。
 マッカートニーは離婚訴訟中の妻ヘザーさんから巨額の慰謝料支払いを求められており、楽曲配信による利益をヘザーさんへの慰謝料などに充てる見通しという。(共同)


それに対する最新の報道が、以下のものです。

アップル・コープスは、ビートルズ・カタログがiTunesからもうすぐ発売されるという報道を否定した。
3月7日の報道で、「サー・ポール・マッカートニーと親しい」と称する情報源が、ビートルズ・カタログはiTunesおよびその他の合法的サービスから「数ヶ月以内に」オンライン販売開始される見込みだと裏付けたと示唆した。しかし、その主張についてアップル・コープスとEMIは相次いで「ノーコメント」という反応を示した。
「これはニュースでもスクープでもない」とアップル・コープスの広報担当者は述べ、それ以上のコメントは控えた。



そもそもなぜビートルズの楽曲がiTunesで配信されていないかというと、ビートルズの楽曲を管理している「アップル・コープス(Apple Corps Ltd.)」と、iTunesを運営しているコンピューターでおなじみの「アップル・インク(Apple Inc.:旧Apple Computer)」が、「Apple」の商標とロゴをめぐって裁判で争っていたからです。
両社は敵同士だったわけですね。
Apple-Mac-Beatles2.jpg

いつ頃から争っていたのかは私も知らないんですが、1981年になんらかの合意をしていたようです。
そして1991年にその合意書に新たな修正が加わったのですが、その修正というのが「Apple Computerは、Apple Corps Ltd.に対して2700万ドルを支払うこと」と、「音楽配信事業に参入する場合、Apple Computerの名称とロゴを使用しないこと」だったのです。
この時点では何となくApple Corps Ltd.の方が優勢な印象でした。

そしてその後、ご存知のとおりApple ComputerはiTunes Music Store(iTMS)で音楽配信事業をApple Computerの名前で開始したため、合意書に違反しているとして2003年にApple Corps Ltd.がApple Computerを訴えたわけです。

それについての判決は、以下のようなものでした。
「Apple Computerがそのロゴを楽曲コンテンツ配信サービスで利用することは、コンテンツ上、もしくはそれに関連付けて利用されていない(状況下にある)場合には容認される行為である。」

ちょっとわかりにくいのですが、「iTMSではAppleというネームブランドで商売をしているわけではないし、お客さんもAppleの名前を買ってるわけじゃないから」という感じでしょうか。
要はApple Corps Ltd.の全面敗訴です。

この判決の是非はわかりませんが、1991年にはApple Corps Ltd.が優勢だったのが2003年にはApple Computerが優勢になったのは、やはり時代の変化によるところが大きいと思います。
1991年といえばPCはまだ一般家庭に普及しておらず、ネットや電子メールなどを誰もができるようになるなんて、少なくとも専門家でなければ想像できない時代でした。
しかし2003年になると一般家庭にもPCが普及して、ネットや電子メールが当たり前の時代になったのです。

1991年には「アップル=ビートルズ。そんな名前のコンピューター会社もある」だったのが、2003年には「アップル=コンピューター。そういえばビートルズの会社もアップルだったね」と社会の認識が変わってしまったのでしょう。
時代の流れには逆らえないのでしょうが、ビートルズのファンとしては寂しい気持ちがしますね。

そして2006年2月には、こういう最終結論となりました。
「Apple Inc.と、1968年に設立されたThe BEATLESのレコードレーベルApple Corps Ltd.が、「Apple」の名称とロゴの使用に関して和解した。
 米国時間2月5日付けの発表によると、今回の合意により、Apple Inc.(旧Apple Computer)が「Apple」に関連したすべての登録商標とロゴを所有し、Apple Corps Ltd.はライセンス供与を受けながらこれらを使用することになったという。」


これで完全に「Apple」という商標はビートルズが設立した会社のものではなく、コンピューター会社のものとなったわけです。

どうしてApple Corps Ltd.がビートルズの楽曲をiTunesで配信することに反対しているのかは、Apple Corps Ltd.やEMIから正式な声明がないのでわかりませんが、やはりこの訴訟が遺恨となっているのでしょうね。
Apple-Mac-Beatles4.jpg

「ビートルズは音楽のデジタル配信に反対している」とニュースで書かれることがありますが、解散後のソロの楽曲はFab4全員の楽曲がiTMSで販売されているのですから、「ビートルズの元メンバー」が「音楽をデジタル配信すること」に反対していることはないと思います。
「Apple Corps Ltd.の役員」が「Apple Inc.の事業の軍門に下る」のを嫌がっているというのが真相でしょう。

冒頭でも書いたように、iTunesでダウンロードできるようになっても、CDをすでに持っている私のような古くからのファンにはあまり関係がないと思っているのですが、もしもデジタル配信されるとしたら、気になっていることが1つだけあります。

デジタル配信される際には、デジタル・リマスター化されるんでしょうかね?

どうでしょうか?
Apple-Mac-Beatles3.jpg

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行ってみたいな(^^♪ 東京タワー蝋人形館

2008/03/10 14:24|Fab 4TB:0CM:19
東京ヒルトンと名乗っている私ですが、実は東京タワーに行ったことがありません。
東京タワー

リリー・フランキーさんの「東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~」を読んでぼろぼろ泣いた私ですが、実は東京タワーに行ったことがありません。
東京タワー本

でも一度行ってみたいと思ってるんですよ、東京タワー。

なぜなら、東京タワーには「東京タワー蝋人形館」なるものがあるからです。

東京タワー蝋人形館は1970年(昭和45年)に開館し、展示されている蝋人形は、蝋人形館発祥の地・ロンドンの工房から直輸入したものなんだそうです。

おお、由緒正しき(?)蝋人形たちじゃございませんか。

で、なぜその蝋人形たちを見に行きたいかというと、そこに「イン・ロック・ブース」というコーナーがあり、60年代後半から70年代に活躍したロック・スターたちの蝋人形が飾ってあるらしいのです。

わくわく。

さて、入口。
入口

おお~! 入口にビートルズが! Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Bandの衣装を着て!!
入口のFab4

ジョンの顔がやけにりりしいぞ!
ジョージとリンゴの衣装の色が違うのはご愛敬(笑)
Sgt. Peppersジャケット

中には、ジミ・ヘンドリクス、ジミー・ペイジ、フランク・ザッパ、ロバート・フリップ(キング・クリムゾン)、キース・エマーソン(EL&P)、イアン・アンダーソン(ジェスロ・タル)、マニュエル・ゲッチング(アシュ・ラ・テンペル)、クラウス・シュルツ(タンジェリン・ドリーム)、マニ・ノイマイヤー(グルグル)、ファウスト、などと、後半になると私にも誰だかわからないような(笑)マニアなロック・スターが目白押しとのことです。
ジミヘン2

ジミー・ペイジ&キース・エマーソン

フランク・ザッパ

また、これらのマニアなロック・スターたちのフリップには、何も説明がないとのこと!

館長さんはおそろしくロックに詳しい人なんでしょうね。

さてまあ、ただの蝋人形なら興味もそこまでなんですが、私が見てみたい目玉展示品はこれです!
ビートルズ初期2

これわかりますか?
初期ビートルズの蝋人形ですが、なんと「Sgt.Pepper's Lonely Hearts Club Band」のアルバム・ジャケットで本当に使われたFab4の蝋人形なんですよ。
earlt fab4 wax dolls

1967年に発売されたビートルズのアルバム・ジャケット撮影で使われた本人たちのろう人形が24日から、世界で初めて東京都港区の東京タワー蝋(ろう)人形館で公開される。昨年、約40年ぶりに発見された「幻」の人形で、ビートルズ世代から若者のファンまで心を熱くしそうだ。
 ろう人形はアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」で使った。人形を作製した英国・マダム・タッソー蝋人形館の倉庫で昨年、人形の頭部が発見された。東京タワー蝋人形館を経営する会社がオークションに出品されたろう人形を約1500万円で落札した。
 同館は「ビートルズを生で知る人は若いころを思い出して、知らない人にももっと身近に感じてほしい」と期待を込めている。展示は5月28日まで。無休で入場料は500円。
(2006年3月25日 毎日新聞)


どうですか~。
歴史に残るジャケットの蝋人形、見てみたいでしょう!
新聞記事では期間限定として書いてありますが、今は常設展示しているようです。

ちなみに昔は写真撮影OKだったそうですが、今は禁止だとか。

ロックのレアなCDなんかも売っているらしいですよ。

行ったことがある方がいらっしゃったら、是非レポートお願いします(*^_^*)
ジョン

東京タワー特集[蝋人形館]Qlep東京

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(もしも転載に不都合がありましたら、ご連絡ください)
東京タワー蝋人形館レポート
東京タワーカーニバル@蝋人形館
非天然色東京画

ジョージからリンゴへのプレゼント曲

2008/03/06 13:32|ジョージ・ハリスンTB:0CM:15
Get Back」ネタが挟まりましたが、ポールからリンゴへの曲、ジョンからリンゴへの曲のエントリーに引き続き、今回はジョージからリンゴへ提供された曲です。
George Rigo Paul

ビートルズ解散後に、ソロになったリンゴジョージからプレゼントされた曲は5曲あります(括弧内はアルバム名)。
"Photograph" (Ringo)
"You and Me (Babe)" (Ringo)
"Sunshine Life For Me" (Ringo)
"I'll Still Love You" (Ringo's Rotogravure)
"Wrack My Brain" (Stop and Smell the Roses)

まずは「Photograph」を、かわいい「きかんしゃトーマス」バージョンで。
リンゴは「きかんしゃトーマス」の第1シーズンと第2シーズンでナレーションを担当していたのです。
全米No.1ヒットとなったこの曲はリンゴジョージの共作とクレジットされていますが、メロディーなどからはジョージがメインで作曲した感じですね。
曲の中でハーモニーをつけているのも、ジョージです。

Photograph


続いて「You And Me (Babe)」。
この動画はいろんなリンゴが出てきて楽しいです。
曲のエンディングでアルバム「Ringo」の制作に協力してくれた仲間にお礼の言葉を述べており、ジョージ・ハリスンジョン・レノンポール・マッカートニーの名前も聞かれます。

You And Me (Babe)


そして「Sunshine Life For Me」。
カントリーが好きなリンゴらしい曲で、リンゴのボーカルはこういう“もったり”した曲が似合いますね。

Sunshine Life For Me


一方、こういうシリアスな曲は似合わないと思う「I'll Still Love You」。

I'll Still Love You


そしてアルバム「Stop And Smell The Roses」のA面2曲目の「Wrack My Brain」。
ノリがよくて、なかなか味のある曲です。
なおアルバム「Stop And Smell The Roses」はA面1曲目がポール・マッカートニー作の「Private Property」、2曲目がジョージ・ハリスン作のこの曲と、かなり気合いの入ったアルバムだったのですが、残念ながら全米98位とチャートではふるいませんでした。

Wrack My Brain


あらためてリンゴのソロを振り返ると、本当にいろいろな大物がリンゴに曲を提供したり、共演したり、プロデュースしたりしています。
名前だけ挙げておくと元ビートルズの3人の他に、マーク・ボラン、ニッキー・ホプキンス、ハリー・ニルソン、ジム・ケルトナー、エリック・クラプトン、ロン・ウッド、スティーブン・スティルス、などなど。

もともとボーカリストでもソングライターでもなくドラマーであるだけに、ヒット曲の実績では元ビートルズの他の3人より劣るリンゴですが、彼のアルバムに参加した顔ぶれは他の3人よりも豪華で、リンゴがいかに周りのミュージシャンから愛されていたかがうかがえます。

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