私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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ビートルズ来日、そしてキャピトル東急ホテル

2008/06/30 14:06|Fab 4TB:0CM:9
1966年6月29日、ビートルズは東京・羽田空港へと降り立ちました。
最初で最後のビートルズ来日です。
ビートルズタラップ

ビートルズは6月30日~7月2日に計5回のコンサートを行い、そのコンサートの映像は、現存するビートルズのコンサートの映像の中でも、カラー・フィルムで記録されたものとして貴重な存在です。

この映像では7月2日とテロップが出ていますが、7月1日のコンサートの映像だと思います。
The Beatles Live at Budakon 1966


ちなみに観客席からはこんな風に見えていたようです。
アリーナ席がないのは、今の感覚ではかなり奇異な印象ですね。


さて、日本滞在中に宿泊していたホテルは東京・赤坂のキャピトル東急ホテルで、ビートルズ一行は10階の客室フロアをすべて借り切りっていました。
キャピトル東急1

一度は泊まってみたいと思っていたホテルだったんですが、残念ながら2006年11月30日に閉館しました。

永田町二丁目計画として現在、キャピトル東急ホテルの跡地には地上29階、地下4階、ホテル、オフィス等からなる複合ビルを建設しています。
こんなビル。
永田町第二計画

う~む、ビートルズ・ファンにとっては無粋な建物です。

こうしてビートルズが滞在したホテルでの宿泊という私の夢は叶わずに終わったんですが、2007年2月に所用で永田町近辺に行った際に、足を延ばしてキャピトル東急ホテルへと行ってみました。
閉館後のキャピトル東急ホテルはすでに解体工事が始まっていたんですが、外見はまだそのままでした。

どこからか中に入れないかとホテルの周りをぐるぐると回ってみたんですが、工事のための柵に囲まれて、一般人が入れるような入口は見つかりませんでした。
ビートルズが記者会見した「真珠の間」の、あの有名な金色の壁のタイルなんかが落ちてないかなーとあたりを探しましたが、そんなお宝は見つかりませんでした。
真珠の間

真珠の間 JP

工事中のホテルの周りをうろうろしている私の姿は、工事の作業員の方たちには立派な不審者に見えていたことでしょう(笑)

キャピトル東急のすぐ側には「日吉神社」という神社がありまして、ホテルの周りを歩いた後は、その神社へと足を伸ばしました。
鳥居とホテル

山王日枝神社

日吉神社の境内からもキャピトル東急の建物がよく見えまして、日吉神社から見える10階のスイート・ルームは「インペリアル・スイート」という、マネージャーのブライアン・エプスタインが宿泊していた部屋なんですが、ビートルズの4人もこの部屋へは何度も出入りしています。

当時の日本のファンがビートルズに向かって手を振り、ビートルズが手を振り返していたのは、この「インペリアル・スイート」の窓なのです。
またTHE BEATLES in Japan 1966という写真集の中に、ジョンジョージリンゴが「インペリアル・スイート」の窓からカメラで写真を撮っている様子があるのですが、おそらく3人は日本の神社が珍しくて、この日吉神社の写真を撮っていたものと思われます。

日吉神社の境内に立つ私は、1階から順番にキャピトル東急のホテルの窓を数え上げていき、10階まで数えて「インペリアル・スイート」の窓をじっと見つめました。
1966年、ビートルズの4人があの窓からこちらを眺めていたのです。

40年という時間をタイム・スリップして、しばし私はFab4と見つめ合い、そしてつぶやきました。

「さようなら、ビートルズ。さようなら、キャピトル東急。」

そしてキャピトル東急ホテルの当時の名前は、“東京ヒルトン”ホテルなのでした。

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ビートルズ・ギターの運指

2008/06/26 12:39|Fab 4TB:0CM:4
自分でギターを演奏している方にはお馴染みなのかも知れませんが、YouTubeにJun626さんという方がいらっしゃいます。
日本の方のようですが、この方がビートルズ・ソングのギターをコピーされている動画がありまして、見ているとギターを弾かない私でもとても感心してしまいます。

こういうのっって、見てるだけでも楽しいですね。
ジョージジョンもこれと同じように指を動かして弾いてたんだなあとか思ったり、単純に思っていたフレーズが意外に複雑だったりして、新鮮な驚きがあります。

The Beatles Revolver Medley


The Beatles White Album Cover


A Cover of The Beatles Guitar 1 / Let It Be Medley


Early Beatles Cover


ギターも衣装もたくさん持っておられて、プロのギタリストの方なんでしょうかね?

それでは最後はこの曲を。

The Beatles The End Guitar Solo


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ポールの誕生日に偉大さを再確認

2008/06/23 13:23|ポール・マッカートニーTB:0CM:6
1週間遅れで今さらですが、

Happy Birthday, Paul !
paul_mccartney1.jpg

ポールの誕生日によせての記事が今日になったのに、特別な理由はありません。
単なる私の怠慢です(笑)

昨年の誕生日はアルバム「Memory Almost Full」発売直後、今年の誕生日はリバプールとウクライナでのコンサート直後と、最近は音楽活動の充実が目立つポールです。
来年の誕生日の頃はどんな風でしょうね。
誕生日に日本でコンサート、とかならないかなあ。

他のビートルズの3人と違い、ポールは私がビートルズ・ファンになってからもずっと現役として活動を続けていますので、私にとって最も身近に感じるFab4です。
“一番好き”とかそういう単純な気持ちとはまた違うんですが。
あまりに身近に、親戚のおじさんのような感じに思っていますので(笑)、ポールの偉大さに慣れてしまって、その凄さを忘れてしまう時があります。

そこで今回のポールの誕生日を機に、ポールの偉大さを再確認できる記事を2つご紹介します。
2つとも昨年の5月の記事なんですが、その頃はこのブログがありませんでしたので、古い記事の紹介をご勘弁ください。

まず1つ目はイギリスの新聞The Sun主催のコンテストの記事です。

5月21日(英国時間)、The Sun 主催のコンテスト「Who's Greatest Living Briton? (存命中の偉大な英国人は誰?)」の最終結果が発表され、ポール・マッカートニー、マーガレット・サッチャー、ジュリー・アンドリュース、ロビー・ウィリアムスら並み居る強豪を見事破ってエリザベス女王(The Queen)が英国一の偉人に選ばれた。コンテスト各部門の受賞者は以下のとおり。

Greatest Britons 2007
Greatest Living Briton - The Queen
Fashion - Giles Deacon
Film - Helen Mirren
Business - Innocent Drinks: Richard Reed, Jon Wright, Adam Balon
Sport - Sir Ranulph Fiennes
Campaigner - Duncan Goose of Global Ethics Ltd
TV - Ricky Gervais
The Arts - Banksy
Music - Amy Winehouse
Global Achievement Award - David Beckham

royal_queen.jpg

偉大なイギリス人コンテストの中の“存命部門”にノミネートされていたポールですが、音楽家や政治家らと並んでエリザベス女王がノミネートされているのには驚きですね。
日本で天皇陛下を芸能人と並べてリストアップして人気投票なんかしたら、皇室を侮辱してるって大問題になると思います。
このコンテストの主催が新聞社というところもすごいですし、投票で女王が1位になっちゃうところもまたすごい。
イギリスのユーモア精神、おそるべしです(笑)
受賞記念のトロフィーかなんかを、エリザベス女王に持っていったんでしょうかね?

って、ポールの話になってませんね。
まあエリザベス女王と並んでノミネートされるくらい、ポールが偉大だということです(笑)

ちなみにこのコンテストについて、イギリスのロック・バンド、カイザー・チーフス(Kaiser Chiefs)のボーカル・リッキー・ウィルソン(Ricky Wilson)が、ポールに投票しようという推薦文を書いてますので、こちらもご紹介しておきましょう。
kaiser-chiefs_000582_MainPicture.jpg

「マッカートニーこそが偉人、彼に投票しよう。知らない人がいるといけないので、ポール・マッカートニーという人物は、リバプール出身のビートルズというバンドでプレイしていた。彼らはポップ・ミュージックの在り方を変え、世界で最も有名な曲のいくつかを作り、その時代の若者にバンドを組んで音楽を作るようインスパイアした。ポール・マッカートニーはその後も、ウィングスにしろソロにしろ、素晴らしい音楽を作り続けている。彼と比べたら、候補に挙がってるほかのミュージシャンなんて冗談でしかない。

そして彼は、音楽以外のところでも偉大な功績を成し遂げている。動物保護や地雷反対運動、貧困撲滅キャンペーンを支援、それにライヴ・エイド、バンド・エイド、本当にいろいろなことをやっている。彼のやることはすべて純粋なもので、人気やお金のためじゃない。音楽を作り続けるのは、契約を満たすためでもなければ、まだ自分が1番だと証明したいからでもない。ただ、やりたいからやってるんだ、それが、いつだって最高の動機だ」


さてもう1つ。
音楽ファンにはこちらの方がインパクトがあると思います。

ディラン「俺が畏敬の念を抱いてるのはポールだけ」

NME.COMによると、ディランは『Rolling Stone』誌のインタヴューでこう話したという。「(ジョン・レノンとマッカートニーは)素晴らしいシンガーだった。いまだに、彼らに勝るシンガーを探すのは難しい。マッカートニーには畏敬の念を抱いてるよ。俺がそう思う唯一の人物だろうな。彼は何でもできる。それに手を休めるってことを知らない……。いまいましいほど、簡単にやっちまうんだ」

ディランはまた、マッカートニーの元バンド・メイト、ジョージ・ハリソンについても話している。ハリソンは、レノンとマッカートニーという2人の天才ソング・ライターにはさまれ、フラストレーションを感じていたという。「ジョージはビートルズで、苦悩してたよ。レノンとマッカートニーがいたら、自分の曲がアルバムに収録されるのは難しいからね。でも(あの2人相手に)苦悩しない奴なんかいるかい? もし当時、ジョージが自分のバンドを作って曲を書いていたら、ものすごくビッグになってたと思うよ」

Bob-Dylan.jpg

ビートルズ・ファンにとっては、ボブ・ディランはジョンとのかかわりのイメージが強いんですが、ディランはポールのことを最高に評価しているんですね。
ジョンがこの発言を聞いたら、とっても悔しがったことでしょう。

今月に2回のコンサートを行い、これから2年間をかけて世界100ヶ所でコンサートを行う予定と報道されているポール。
ポール自身とファンの双方が満足できるツアーになることを期待します。
もちろん日本にも来てね。

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ジョンがポールのソロ・アルバムでコーラスをつけていた?!

2008/06/16 15:52|ポール・マッカートニーTB:0CM:27
相互リンクさせていただいているGORICOさんのブログ晴れ、ときどきBeatlesの記事のコメントの中で、これまた相互リンクさせていただいているダン・コレステさんがとても興味深い発言をされていました。

「そういえば僕の中で一つ謎があって、ポールの「Band On the Run」の2つ目のヴァースで最後の「If we ever get out of here」のコーラスがジョンに思えてならないんですけど・・・
当時のジョンのインタビューでも73年当時にポールのアルバムのコーラスを少し手伝ったっていうことを言っているらしいですし。
知り合いにはデニー・レインだと一蹴されましたけど。」


ええっΣ( ̄ロ ̄lll)、そんな話は初めて聞きました!!

で、早速ポール(正確にはポール・マッカートニー&ウイングス)の「Band On The Run」を聴きなおしてみました。
問題の「If we ever get out of here」は、YouTubeで2分02秒からのワン・フレーズです。

Paul McCartney & Wings - Band on the Run


おおー、今まで意識したことなかったんですが、確かにコーラスがジョンの声に聴こえます。
本当に(というか、本当は)ジョンの声なんでしょうか?
本当なら世紀の大発見です。
ということで、ちょっと調べてみました。

まず、
>当時のジョンのインタビューでも73年当時にポールのアルバムのコーラスを少し手伝ったっていうことを言っているらしいですし

なんですが、このインタビューが見つかりません(^ ^;
もしジョンのこのインタビューをご存知の方がおられましたら、是非教えてくださいm(_ _)m

続いて、
>知り合いにはデニー・レインだと一蹴されましたけど
について。

念のため説明しておきますと、デニー・レインとはポール・マッカートニー&ウイングスのギターリストで、「Band On The Run」が収録された同名アルバムのレコーディングはポールと妻・リンダと、デニー・レインの3人で行われました。

ところでデニー・レインの声をパッと思い出せる人は少ないんじゃないでしょうか。
私も思い出せませんでした(^ ^;
では、YouTubeで聴いてみましょう。
デニー・レインが2007年に「Band On The Run」を歌っている動画もあるんですが、アルバム録音当時に近い時期の方が参考になると思いますので、1976年のウイングスのアメリカ講演でのデニー・レインの歌声を聴いてみましょう。

Paul McCartney & Wings - Spirits Of Ancient Egypt


ブルージーな渋い声なんですが、「If we ever get out of here」のザラザラした感じの声とは違うような気がしますね。

それではこの頃のジョンの様子を振り返ってましょう。

アルバム「Band On The Run」のレコーディングは1973年9月から10月、アフリカ・ナイジェリアのラゴスで行われ、その後ロンドンでミキシングされて同年12月7日に発売されています。

その頃のジョンはといいいますと、同年11月16日に3枚目のソロ・アルバム「Mind Games」を発売しています。
mind-games-cover.jpg

「Mind Games」のレコーディング期間はわかりませんが、11月発売なら8,9月頃がレコーディングでしょうか。
このアルバムのレコーディングはニューヨークのレコード・プラント・スタジオで行われているのですが、興味深いのはレコーディング後の10月に、ジョンはロス・アンジェルスへと移住して、翌年の11月までヨーコと別居していることです。

一般に失われた週末と呼ばれる1年余りのジョンとヨーコの別居期間なんですが、この期間はヨーコの目がジョンに行き届いていないわけです。
つまりジョンはヨーコの目を気にすることなく行動できたわけですね(実際にはジョンに同行した秘書がヨーコに連絡をとっていたようですが)。

1973年にジョンはアメリカから出国していませんし、ポールもアメリカには入国していませんが、ポールがロス・アンジェルスのジョンの元へレコーディングを終えたばかりの「Band On The Run」のマスター・テープを送り、ジョンがそのテープにコーラスを入れて送り返す、なんてことも可能だったということです!!

こんな驚きの事実が今まで秘密のままであったなんて考えにくいですし、おそらく「Band On The Run」のコーラスの声はジョンではないと思ってはいますが、おそらくジョンではないとは思いながら、もしかしたら、もしかしたら・・・と思うエピソードが2つあります。

band_on_the_run.jpg

まず、それまでポールのソロ・アルバムを酷評していたジョンが、アルバム「Band On The Run」では一転して絶賛しているんですよ。
ポールと仲直りして、自分もちょっとかかわったから?

そしてもう1つ。
この失われた週末については、以前の記事でも少し触れていまして、ジョンとポール 解散後の最初で最後のセッション

>1974年3月、ポールはロサンゼルスでハリー・ネルソンのレコーディングを手伝っているジョンを訪れました。ポールによると、当時ジョンと不仲になっていたヨーコからジョンとの仲を取り持ってほしいと頼まれたためとのこと

というエピソードがあるんですが、私はずっと不可解な話だと思っていたんです。
ビートルズ解散から数年後のこの時期に、ヨーコがジョンとの仲介をポールに頼むなんて普通では考えらないことです。
またヨーコの頼みでジョンに会いに行くポールにも、不思議な感じがしてました。

でももしこの時期に、ヨーコから離れたジョンが再びポールと接近するようになり、「ジョンが一番信頼しているのは、やっぱりポールなんだわ」とヨーコが思うような仲に2人がなっていたとしたら、この不可思議なエピソードの謎が解けます。

ジョン亡き今、どなたか機会があれば是非ポールに訊いてほしいですね~。

それにしてもビートルズの音楽やエピソードの隙間に隠された謎を探る“ビートルズ・ミステリー”は、ファンにって本当に大きな楽しみです(*^_^*)

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ジョージはギターが下手なのか?

2008/06/12 09:58|ジョージ・ハリスンTB:0CM:15
ギターリストとしてのジョージ・ハリスンは、とかく厳しい目でみられます。

ジミー・ペイジ曰く
ジョージは冗談でギターを弾いているのかと思ったよ」
Jimmy Page

ジェフ・ベック曰く
ビートルズの素晴らしさは、最近やっとわかってきた。でも、リード・ギターだけはいただけない。俺が代わってやりたかったよ。」
Jeff Beck

さて、ジョージのギターは本当にそんなにひどいレベルなんでしょうか。
これはビートルズ・ファンがいくら言っても単なる身びいきと思われますので、客観的な資料をご紹介しましょう。

アメリカの音楽雑誌「Rolling Stone」誌が2003年に発表した「The 100 Greatest Guitarists of All Time」(全時代を通じてのスーパー・ギターリスト100人)です。
→The 100 Greatest Guitarists of All Time
rolling stone

100人全員をアップすると長くなるので、30位までをご紹介します。

1Jimi Hendrix
2 Duane Allman of the Allman Brothers Band
3 B.B. King
4 Eric Clapton
5 Robert Johnson
6 Chuck Berry
7 Stevie Ray Vaughan
8 Ry Cooder
9 Jimmy Page of Led Zeppelin
10 Keith Richards of the Rolling Stones
11Kirk Hammett of Metallica
12 Kurt Cobain of Nirvana
13 Jerry Garcia of the Grateful Dead
14 Jeff Beck
15 Carlos Santana
16 Johnny Ramone of the Ramones
17 Jack White of the White Stripes
18 John Frusciante of the Red Hot Chili Peppers
19 Richard Thompson
20 James Burton
21 George Harrison
22 Mike Bloomfield
23 Warren Haynes
24 The Edge of U2
25 Freddy King
26 Tom Morello of Rage Against the Machine and Audioslave
27 Mark Knopfler of Dire Straits
28 Stephen Stills
29 Ron Asheton of the Stooges
30 Buddy Guy

1位はジミ・ヘンドリクス。ジョージの親友エリック・クラプトンが4位、ジョージに対する辛口批評のジミー・ペイジは9位、ジェフ・ベックは14位とさすがの上位ですが、ジョージも21位にランキングされています。
よく知られたギターリストでジョージより下位の30位以下にランキングされているギターリストには、39位にQUEENのブライアン・メイ、55位にリッチー・ブラックモア、70位にエディ・ヴァン・ヘイレン、85位にランディ・ローズなど、そうそうたるメンバーがいます。
この集計はHR/HM系に辛口なのかな?

また、同誌は「The Twenty-Five Most Underrated Guitarists(最も過小評価されているギターリスト25人)」という特集も行っています。
→The Twenty-Five Most Underrated Guitarists

そしてこの順位では、

1. Prince
2. Kurt Cobain
3. Neil Young
4. George Harrison
5. Ace Frehley
6. Mike McCready
7. Lindsey Buckingham
8. Mick Taylor
9. Nels Cline
10. Johnny Greenwood
11. Tom Verlaine
12. Carrie Brownstein
13. Mick Jones
14. Robert Fripp
15. Johnny Marr
16. John Frusciante
17. Izzy Stradlin
18. Daniel Johns
19. Vernon Reid
20. Robbie Robertson
21. Mick Ronson
22. Billy Corgan
23. Elliott Smith
24. Eddie Hazel
25. Phil Keaggy

と、ジョージは4位にランクインしているのです。

歴代のスーパー・ギターリスト第21位、最も過小評価されている(もっと評価されていいはずの)ギターリスト第4位なのですから、ジョージは決して下手なギターリストではありません。
では何故ギターリストとしてのジョージへの風当たりがこんなに強いのかですが、主な理由は2つあると思います。

まず1つ目の理由として、いつの時代でジョージを評価するかだと思います。
スライド・ギター奏法を中心にギターリストとしてのジョージが確立したのはビートルズ解散直前であり、ビートルズのデビューから中期の頃にかけてのジョージのギターは、10代ですでに売れっ子セッション・ギタリストであったジミー・ペイジから「冗談で弾いている」と言われてしまうような拙いプレイが耳に付くことがあります。
実は私もこの頃については、ジョージよりもポールの方がギターがうまかったんじゃないかと思っています。

そしてギターリストとしてのジョージが過小評価されるもう1つの理由は、やはりビートルズという存在の大きさではないでしょうか。ビートルズが60年代の懐メロで終わる程度のバンドであったならば、ジョージのギターもそこそこのレベルでよかったのでしょうが、何しろロック史上に残る偉大なバンドだったのですから、それだけジョージのギターに対するまわりの目も厳しくなるというものでしょう。

いっぽう私の印象なんですが、当のジョージはまわりが言うほどギターの“上手い・下手”に対するこだわりはなかったんじゃないかと思います。
スーパー・ギターリスト1位のジミ・ヘンドリクスにしても、いわゆるイギリスの3大ギターリスト、エリック・クラプトン、ジミー・ペイジ、ジェフ・ベックにしても、彼らの曲にはギターをたっぷり聴かせるためのギター・ソロの部分が多いんですが、ジョージの曲って意外に間奏のギター・ソロが短いんですよ。
「いいギターだなあ。もっと聴きたいなあ」と思ったら、ぱっと終わっちゃうことが多いんですよね。

ビートルズでジョンポールを間近にみていたジョージは、ギターのテクニックよりも楽曲そのものの良さを追求して、ソングライターとしてジョンポールと競いたかったんじゃないかと私は思います。

それでは1991年の日本公演から「Cheer Down」で、ジョージのスライド・ギターを楽しみましょう。

George Harrison - Cheer Down (Live in Japan) 1991


そしてもう1曲。ジョージの遺作「BRAINWASHED」から、
「ギターが上手いとか、下手だとか、そんなことどうでもいいじゃないか」とジョージの声が聞こえてきそうな「Marwa Blues」を聴きながらお別れです。

George Harrison – Marwa Blues


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ビートルズのハーモニーをコンサートでもう1度!

2008/06/07 17:11|ポール・マッカートニーTB:0CM:8
6月1日にリバプールで行われたポールのコンサートが、ネットでも話題になってますね。
簡単に記事をご紹介しておきます。

Paul liverpoolsound

6月1日22時50分(日本時間6月2日6時50分)、ポールがメイン・アクトして出演したリバプール「Liverpool Sound」が終演。リバプールはポールのステージに酔いしれた。
最初にステージでポールを紹介ししたのはイギリスの有名コメディアン、ピーター・ケイで、ポールは登場するやいなやビートルズがデビュー前からレパートリーにしていた‘Hippy Hippy Shake’でスタート! そして、‘Band On The Run’ではカバー・バージョンも発表していたフー・ファイターズのデイブ・グロールがギターで共演、続いての‘Back In The U.S.S.R.’ではニルバーナ時代を彷彿とさせるドラムをグロールが披露、ポール・バンドのドラマー、エイブとの豪華なツイン・ドラムとなった。ジョージのトリビュート‘Something’もおなじみのジョージのウクレレで演奏、さらには予定になかったジョンのトリビュート・メドレー‘A Day In The Life~Give Peace A Chance’も披露。客席にはもちろんヨーコの姿も。ラストの‘I Saw Her Standing There’では再びグロールが参加し、大盛り上がりとなった。

曲目リスト
1. Hippy Hippy Shake
2. Jet
3. Drive My Car
4. Flaming Pie
5. Got to Get You Into My Life
6. Let Me Roll It
7. My Love
8. C Moon
9. The Long and Winding Road
10. Dance Tonight
11. Blackbird
12. Calico Skies
13. In Liverpool
14. I’ll Forrow The Sun
15. Eleanor Rigby
16. Something
17. Penny Lane
18. Band on the Run
19. Back in the U.S.S.R.
20. Live and Let Die
21. Let It Be
22. Hey Jude
23. Yesterday
24. A Day in the Life~Give Peace A Chance
25. Lady Madonna
26. I Saw Her Standing There


コンサートを観るために日本から来たファンのために、ポールは「コンニチワ!」「アリガトウ!」「オッス!」と日本語のM.C.も披露したそうです。

さて、ネットの記事などをみると、コンサートのオープニングがロックのスタンダード・ナンバーである「Hippy Hippy Shake」のカバーだったことも話題のようですが、最も話題になっているのが「A Day in the Life」を演奏したことのようです。
ご存知のとおり「A Day in the Life」は、アルバム「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」のラスト・ナンバーですね。

Paul McCartney - A Day in the Life~Give Peace A Chance


1966年にビートルズがコンサート活動をやめた理由には、ツアーが精神的にも肉体的にもきつい、演奏をまともに聴いてもらえなくてモチベーションが保てない、などの他、曲作りが複雑になってコンサートの演奏で再現できなくなった、ということもあったようです。コンサートで演奏できない代表のような「A Day in the Life」が今回のコンサートで演奏されたことに、とても感慨深いものを感じました。
ビートルズが今も続いていたら、あんな曲やこんな曲もコンサートでやってくれたんじゃないだろうかと。

今回ポールが「A Day in the Life」ジョンのパートを歌っていますが、ポールがコンサートでジョンの曲を歌うのは、これが初めてではありません。
18年前の1990年、やはりリバプールでのコンサートで、ポールはメドレーで「Strawberry Fields Forever~Help!~Give Peace A Chance」を歌っています。
ジョンへの追悼を捧げるというのは、故郷リバプールでのコンサートだけのスペシャルなのかも知れませんね。

Paul McCartney - Strawberry Fields Forever~Help!~Give Peace A Chance


この時もジョンのソロ・ナンバーである「Give Peace A Chance」を歌っています。
数あるジョンのソロ・ナンバーの中でどうして「Give Peace A Chance」を選んだんだろうと思っていましたが、きっと版権の問題が絡んでいるんでしょうね。
「Give Peace A Chance」のクレジットはLennon-McCartneyで、法的にはポールの共作ですから。

ところで、「A Day in the Life」でポールが歌うジョンのパートを聴いていて、私はふと思いました。
もう一度、ジョンとポールのハーモニーは聴けないものでしょうか?
ジョンとポールとジョージ、3人のハーモニーは聴けないものでしょうか?

NHKの「紅白歌合戦」で平井堅が、VTRの坂本九とデュエットしたことがありましたよね。堀内孝雄がVTRの河島英五とデュエットしたことがありましたよね。
(NHKの映像はYouTubeに配信されてもすぐに削除されてしまうので、残念ながら動画をご紹介できません)

ポールのコンサートでもそういうことが出来ないでしょうかね?
賛否両論あると思いますが、私はポールがもう一度ジョンとハモるのを、ジョンとジョージとハモるのを見たいし、聴きたいです。

ステージに立つポールのバックにジョンとジョージの姿がパッと映り、彼らの歌声に合わせてポールが生で歌ったら、私は感激して身震いが止まらないと思います。

フレディ・マーキュリーが亡くなった後に、クイーン(QUEEN)がポール・ロジャース(Paul Rodgers)をボーカルに迎えてツアーを行ったことがありましたが、そのステージでこの手法を使っているんです。
私はこの映像を観た時に体がゾクゾクッと震えました。
「フレディはみんなの心の中で生きているんだ」と感動しました。
(蛇足ですが、ポール・ロジャースがちょっと滑稽に見えました(笑))

Bohemian Rhapsody - Queen + Paul Rodgers


この感動をビートルズでも体験したい!

技術的には十分可能だと思いますし、ヨーコやオリビアも協力してくれるんじゃないでしょうか。
あとはポールの気持ち次第だと思うんですけどねえ。

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謎のドラマーを探せ!

2008/06/02 16:12|Anthology 1TB:0CM:8
前回のエントリーでアルバム「BETLES FOR SALE」のレコーディングについて、

>レコーディングが始まったのがアメリカ・ツアー前の8月11日

と書きました。
アルバムとしてのレコーディングの初日は1964年8月11日で間違いないのですが、実はその日よりも早い時期にレコーディングが行われた曲が、アルバム収録曲のうち1曲だけあります。
その曲とは、アルバムのオープニング・ナンバー「No Reply」です。

No Reply – The Beatles


私の大好きな1曲なんですが、この曲のみ初めてのレコーディングが同年6月3日にされています。
ただしこの日のレコーディングはアルバム制作のためではなく、デモ・テープの作成のためでした。

もともと「No Reply」はアルバムのための新曲ではなく、トミー・クイックリー(Tommy Quickly)という歌手のためにジョンが作った曲だったのです。結局トミー・クイックリーによる「No Reply」は発売されず、ビートルズのアルバムのオープニング・ナンバーになったのですが、このあたりの事情は私も知りません。
ただ、そのためのデモ・テープの作成が6月3日に行われたということです。

デモなのでこの日の演奏が「BEATLES FOR SALE」に収録されたわけではありませんが、この音源は今ではアルバム「Anthology 1」で聴くことができます。

No Reply (Demo) – The Beatles


さて、この日のレコーディングには少し面白い裏事情があります。

翌日の6月4日に初めての世界ツアーに旅立ったビートルズなんですが、6月3日にリンゴが扁桃腺炎で入院してしまうというハプニングが起こったのです。
リンゴが翌日からのツアーに同行することが不可能となったため、プロデューサーのジョージ・マーティンリンゴの代役ドラマーとしてジミー・二コル(Jimmy Nicol)を急きょ呼び寄せ、6月3日にツアーのために6曲のリハーサルを行いました。
たった6曲のリハーサルでOKを出したところに、いかに緊急事態だったかがうかがえますね。

そしてこのリハーサルの後に先ほどの「No Reply」のセッションが行われているのですが、このセッションが行われたのはジミー・二コルが帰宅した後なのです。
ジミー・二コルはツアーのための代役なので、新曲のセッションには参加していないんですね。
jimmy nicol

ここに1つのミステリーが生まれます。
リンゴは扁桃腺炎で休んでいる。ジミー・二コルは帰宅。
その後に録音された「No Reply」のデモ。
さて、このドラムを叩いているのはいったい誰なのでしょう?

ここからは私の推測ですが、まず外部からのセッション・ドラマーではないと思います。
デモの音源を聴く限り、ジョンポールもとてもリラックスしてふざけながら演奏していますよね。
外部ミュージシャンが入っていたら、あんなにリラックスして演奏できないと思います。
それにこのデモは途中で演奏をやめてしまうんですが、演奏が終わる時にドラムもあっさり叩くのをやめています。
外部の人間だとビートルズに遠慮して、途中で演奏をやめる時ももう少し様子をうかがいながらやめるんじゃないでしょうか。

外部からのドラマーの参加がないとすると、選択肢は限られます。
ジョージ・マーティンはピアノは弾きますが、ドラムは叩けません。
ジョンは歌いながらギターをジャカジャカ弾いています。

Fab4の中でリンゴ以外にドラムが叩ける人物・・・そう、ポールしかいません
おそらくこのデモのドラムはポールが叩いているのだと思います。

じゃあ、このデモのベース・ギターは誰? となるのですが、このデモ・セッションに限ってはジョージがベースを弾いているのではないでしょうか。

ポールは1968年の「White Album」のレコーディングでは実際にドラムをばんばん叩いているのですから、1964年当時にデモ・セッションで叩くくらいの腕前があってもおかしくありません。
ジョージがベース・ギターを弾けるのかという疑問もありますが、ギターリストは簡単なベースのフレーズなら大抵弾けるものです。
少なくともジョージがドラムを叩くよりはベースを弾く方が現実的でしょう。
そこで、デモ音源をよく聴いてみてください。
ベース・ラインは単調でお世辞にもうまいとは言えず、ポールが弾いているとは思えません(ジョージなら納得)。
また、このデモ音源ではギターは1人しか弾いていないようです。

ジョン=ボーカル、ギター
ポール=コーラス、ドラム
ジョージ=ベース


これがこのデモ・セッションの担当で、おそらくいつもと違う役割分担がおかしくて、ジョンとポールは笑ったりふざけたりしているんじゃないでしょうか。

ポールやリンゴジョージ・マーティンにその日のことを尋ねればわかるのかも知れませんが、みんな覚えてないでしょうね。
何しろ44年前のある一日のほんのひと時のことですし、この日の数時間がミステリーとして後世に伝わるなんて、彼ら自身が想像もしてなかったでしょうからね。

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