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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
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せつない気持ち

2011/06/16 13:45|リンゴ・スターTB:0CM:22
先日こんな記事を見つけました。

リンゴ・スター「ザ・ビートルズは僕を加入させることができてラッキーだった」

途中から加入したため「ザ・ビートルズに入れてラッキーだ」と思われがちなリンゴ・スターだが、リンゴいわく実際は「ラッキーだったのは彼らのほうだ」という。

ファンの間では知られていることだが、リンゴはザ・ビートルズ加入前、Rory and The Hurricanesというバンドにおり、地元リバプールではザ・ビートルズより有名だった。

リンゴは『Daily Mail』紙のインタビューでこう話している。「リバプールでは彼らより僕のほうがはるかに有名だった。Rory and The Hurricanesは地元では大物だったんだ。スーツ着てたよ。それって僕らには名声の証だった」

「ああだから、僕を獲得できた彼ら(ザ・ビートルズ)のほうがラッキーだったんだよ。大物だったっていうだけじゃない。僕はクールなドラマーだったからね。ブライアン・エプスタインからランチタイムにキャバーン(・クラブ)でプレイしないかって誘われたんだ。それが始まりだった」

これは事実。故ジョン・レノンもかつて「みんな、リンゴはザ・ビートルズに加入する前からスターだったことを忘れている」と話したことがある。

リンゴはまた、そのRory and The Hurricanesの活動に専念することを決めた1960年の夏についてこう回想している。

「工場で働いてたんだ。僕はエンジニアの見習いでね、それって僕の家族にとっては大ニュースだったよ。でも、一方でRory and The Hurricanesでもプレイしてて、スケグネス(英国の海辺の町)で3ヶ月演奏しないかって話が来たんだ。僕らは仕事を辞めなきゃいけなかった。親戚みんなが説得に来たよ。ドラムは趣味としてはいいって。僕はそこで踏ん張って自分の立場を主張しなきゃならなかった。“いや、僕はドラマーだ。だから、行く”ってね。『Sliding Doors』(地下鉄のドアが閉まったときと閉まらなかったときで主人公の人生が変わる姿を描いた映画)の瞬間だったわけだ。いい決断っていうのがあるよ」
Ako Suzuki, London


歴史に「もし」はありませんので、このリンゴの発言については正解はないと思います。

各々がどう考えるかにつきるでしょう。

ただリンゴに関しては、こういうことをわざわざ発言しないといけない立場なのが、やはりファンとしてせつないですよね。

音楽的にはドラムって多くの人にとっては「誰が叩いても同じ」という風に感じてしまう楽器ですし、作曲やボーカルでビートルズを引っ張っていたわけではなかったですからね。

リンゴ独自のドラミングはもちろん、リンゴの存在が音楽以外の点でビートルズに不可欠であったのはその後のビートルズ史をみればまあそうなんですが、「リンゴ以外がドラマーだったら」という「もし」は存在しないので、やはり結論のない話だと思います。

まあこんな話が出てくるほど、ロックの世界にビートルズが残したものが偉大だということなんでしょう。


ところでリンゴがこの手の発言をするのは、今回が初めてではありません。

記憶に新しいところでは、DVD「ビートルズ・アンソロジー」の中でも同じような発言があります。

このDVDの中で、リンゴがビートルズに加入した経緯についてジョージが、

「初めてリンゴのドラムを聞いた時に、これだ!と思った」

と言っているのに対して、リンゴは、

「ビートルズのことは何とも思ってなかった」

と発言しています。

このDVDを見た時に私は、リンゴにとってはある程度は本当の心境なんだろうけど「ラッキー」と言われることに対する反発もあるんだろうなあ、と思いました。


さてDVDの中でのジョージとリンゴのこのやり取りが印象に残っていた私が、今回の記事を読んではっとしたのは、リンゴについてではなく実はジョージについてでした。

「ビートルズにとってドラマーはリンゴじゃなくてもよかったはず」

と言われることにリンゴは反発しているわけですよね。

純粋にドラマーとしてデビュー直前にビートルズに加入したリンゴと違い、ジョージは学校の友達関係からアマチュア時代にビートルズのメンバーになっていますので、リンゴとジョージでは立場が全く違うように思えますが、

「ビートルズにとってあいつじゃなくてもよかったはず」

と言われかねない立場という点では、二人の立場は似ていたのではないでしょうか。

中期~後期になるとインド音楽の導入や作曲などで独自の個性を発揮し始めるジョージですが、ジョンとポールの存在感と比べるとやはりビートルズの中心ではないですし、ビートルズ解散後ですが実際にジョンが「ビートルズは自分とポールの2人だけ」みたいな発言をしたこともありますからね。


1964年のオーストラリア公演の直前にリンゴが扁桃腺炎で入院して公演に参加できなくなった時、代役のドラマーで公演をしようという案に最後まで反対したのはジョンでもなくポールでもなく、ジョージでした。

「メンバーの中でリンゴと一番仲がいいのはジョージ」

というのが定説ですので、このエピソードを私は単なる仲の良さの表れだと思っていたんですが、実はジョージにとって、

「あいつじゃなくてもいいと思われることへの不安」

からの反対だったのかも知れません。

そう考えるとリンゴの代役を立てて公演を行うことに反対したジョージのエピソードは、ジョージとリンゴの友情を示す心温まるエピソードではなく、バンド内で不可欠と思ってもらえない辛い心情の表れだったのではないかと、今は思うのです。

そうです。

タイトルの「せつない気持ち」というのはリンゴの気持ちではなく、ジョージの気持ち。

そしてそんな風に感じてしまった、私の気持ちです。『人気ブログランキング』へ
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