私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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アップルの中のリンゴ(来日公演に寄せて)

2013/02/21 14:17|書籍TB:0CM:2
リンゴの来日公演が迫ってきました。

初日の公演が2月25日ですが、何日に来日するんでしょうね?

いいコンディションで来日してくれるといいですね。


さて「ビートルズ帝国 アップルの真実」の中から前回はアップルにおけるポールについて書きましたが、今回はリンゴについて書きたいと思います。

が、この本の中で、リンゴはほとんど活動してないんですよね。

アップルの映像部門で映画関係の仕事を少ししていただけで。

それも映画の仕事を極めようという態度でもなく、ビートルズがバラバラになって音楽でやることがないから映画の関連をやっているような印象で、本心から映画の世界に進出したい気持ちはなかったんじゃないでしょうか。

もう今はやってませんしね。


アップルの経営にも4人のメンバーの中で最も係わりを持っていなかったようです。

ビートルズの中での発言権が小さかったのか、もともと会社に興味がなかったのか。

私は両方ではなかったかと思うのですが、とにかくリンゴはじっと時間が過ぎるのを待っていたかのような印象です。

本格的なソロ・デビューアルバム「RINGO」のリリースが1973年と4人の中で一番遅かったのも、アップルの経営や訴訟問題が一段落つくのを待っていたんじゃないでしょうか。


70年代後半からはソロ・アーティストとして落ち目になり、さらに自身のレコード・レーベルの立ち上げと失敗、離婚、アルコール中毒と苦難の道をリンゴは歩むのですが、それらの問題をクリアして1989年にはオールスター・バンドを結成してライブ・ツアーを開始。1992年からはコンスタントにアルバムを発表しながらツアーを継続して今回の来日公演に至るわけですが、冷静に考えると奇跡のような復活なんですよね。ホント。

だって80年代にはイギリス、アメリカの両国でニュー・アルバムがリリースされないくらい落ちぶれてしまってたんですから。

「元ビートルズ」であるがゆえに今のリンゴを「昔の名前で出ています」的にみる向きもありますが、あれほど落ちぶれてからここまで復活するのは、並大抵のことではないですよ。

「元ビートルズ」の肩書だけでやっていけるのなら、そもそもそんなに落ち目にならなかったでしょう。


リンゴ本人の音楽への情熱と真剣な取り組みはもちろん、リンゴを支えて盛り上げようと思う仲間達のサポート。

「With A Little Help From My Friends」を地でいくリンゴ・スター&ヒズ・オール・スター・バンドの来日公演。

楽しい時間をリンゴと共有したいと思っています。『人気ブログランキング』へ
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アップルの中のポール

2013/02/14 15:47|書籍TB:0CM:0
さて「ビートルズ帝国 アップルの真実」を読んで、まずはポールについての感想です。

私が正しく認識していなかっただけで、詳しい方にとっては既知の内容も多いと思いますけども。


ブライアン・エプスタインの急死でビートルズのマネージャーが不在になり、アップルの経営悪化が顕著になった頃に、財務の専門家にアップルを任せようということになりまして、

その時にジョンとジョージとリンゴは、元ローリング・ストーンズのマネージャーとして知られるアレン・クラインを推し、ポールは恋人リンダの父である弁護士リー・イーストマンとその息子ジョン・イーストマン(リンダの兄)を推すわけですが、

原則的に多数決で物を決めるビートルズでしたから、ポールの意見は通らなかったわけです。

ポール以外の3人、特にジョンはポールの姻戚がアップルに入ってくることで、アップル内でのポールの発言権が増すことを嫌がったんですね。

で、ここでよく「アレン・クラインがビートルズの新マネージャーになった」と言われるんですが、厳密には違うんですよ。

アラン・クレインはジョン、ジョージ、リンゴと個々のマネージメント契約をしただけで、「ビートルズというバンド」のマネージャーになったわけではなかったんですよね。

そういわれてみればブライアン・エプスタインがビートルズのマネージャーになった時も、メンバーの4人が各々が契約書にサインをしており、「ビートルズ」というバンド単位で契約したわけじゃなかったと思います。

で、アップルにおいてポールだけが自分のマネージメント契約をイーストマン親子と交しまして、ビートルズはマネージャーの異なるメンバーが集まったバンドになったのでした。

グループで各々のメンバーが違うのは変なような気がするかも知れませんが、今日本で大人気のAKB48なんかもそうなんですよね。彼女達の事務所はバラバラですが、1つのグループとして活動しているわけです。

ビートルズの場合は「ビートルズというバンド」と「ビートルズのアップル」を同じと考えるから不思議な気がするわけです。

さてこのマネージャー問題。

この本の著者は取材を終えて、イーストマン親子に任せた方がアップルにとってよかったのではないかと書いていますが、それはその後の歴史を知っている今だから言えることかも知れません。


そしてアップルにおけるポールといえば、メリー・ホプキンのプロデュースがよく知られています。

メリー・ホプキンのデビュー曲「Those were the days」。


ポールの作曲ではないことは知っていましたが、もともとはロシアの歌謡曲だったそうです。

それを1966年にポールはナイトクラブで聴き、この曲を歌うのにふさわしい歌手をずっと探してたところ、1968年にメリー・ホプキンを知って彼女に歌わせようと思ったとのこと。

2年も前に聴いた他人の曲を頭の中にとどめて歌い手探しをしていたところなど、音楽そのものが大好きなポールらしいといいましょうか、思いつきで行動するタイプのジョンにはあり得ないことだと私は思いました。

ポールのプロデュースしたメリー・ホプキンのレコードはヒットしたんですが、ポールは1969年9月のレコーディングを最後にメリー・ホプキンのプロデューサーを降りてしまいます。

一般にはポールがポップな路線でプロデュースしようとしたのに対してメリー・ホプキンがフォーク路線を希望したため、両者の主張が折り合わなかったからだと言われていますが、音楽的志向の違いに加えて、マネージャー問題でビートルズとアップルに対する熱意を失ったポールが1969年9月のアルバム「アビー・ロード」リリース後にスコットランドの農場に引きこもってしまってアップルの事務所に姿を見せなくなったことも一因だったようです。

この頃のビートルズの活動を考える時、アップルの問題を抜きには語れないんですよね。『人気ブログランキング』へ

「ビートルズ帝国 アップルの真実」を読んで~はじめに

2013/02/11 18:03|書籍TB:0CM:0
前回の記事に引き続きまた本を読んでの感想になりますが、今回の本はステファン・グラナドス著「ビートルズ帝国 アップルの真実」です。
ビートルズ帝国アップルの真実

ビートルズが立ちあげた会社としてのアップルについてのルポといったところですが、ビートルズが好きな人でなければ全く面白くない内容だと思います。

ですが、アップルの設立から現況までを記録した資料としては大変貴重だと思いますし、読み応えがありました。

またアップルに関することで私が長年思っていたのと違う事実がいくつもあり、その点ではビートルズとの付き合いが長くビートルズにそれなりに詳しい人ほど楽しめる本かもしれません。

これから何回かにわたってこの本の内容と自分の感想を書いていきたいと思いますが、今回は総論的に。


さて「ビートルズのアップル(という会社)」について私が持っていた知識やイメージは、およそ以下のようなものでした。

①ビートルズが音楽、映像、出版、ファッションなど新しい文化を創造することを目的に作られた会社

②ビートルズのメンバーは設立当初こそ会社経営に熱心だったが、次第に飽きて興味を失った。

③設立当初 会社に対する熱意のあったビートルズは、社内のトイレットペーパーの紙質にまで注文をつけた。

④ポールはいわゆるケチで、会社の財務に細かく口出しした。

ところがこの本の内容が事実だとすると、私の頭の中のこれらのエピソードはほとんど事実ではありませんでした。

まず、

①事業としてそれらに携わったのは事実であるが、アップルはもともとビートルズの財産管理ならびに拡大を目的に設立された会社でした。

もちろん新しい文化をという意気込みもあったようですが、会社設立のきっかけは1967年にブライアン・アプスタインとのマネージメント契約が切れるので、その後のマネージメントを考えてのものでした。

②「ビートルズは当初、会社経営という遊びに夢中になった」という言葉を過去に耳にしたことがあったんですが、実際には最初からビートルズの4人は経営には熱心ではなかったようです。

むしろ他人任せにしていたことは、アップルの経営悪化の一因かも知れません。

③本書の中にはトイレットペーパーのエピソードは出てきませんでした。単なる伝説かも知れません。

④ポールがケチだったということも、4人の中でポールが特別に財務に口出しをしていたという記載もありませんでした。

(1970年代、ウイングスのリード・ギタリストであるデニー・レインへの給与が世界的人気バンドのメンバーとは思えないほど少なかったという記載は、他の本で読んだことはありますが)

とまあこのように、私の今までのアップルへの印象を覆す内容が多くありました。


次回からは本の内容について思ったことを、各論的にご紹介したいと思います。『人気ブログランキング』へ

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