私の心にはいつもビートルズがいます。 ファンの人とは共に楽しみ、ビートルズを知らない人には興味を持ってもらえる、そんなブログを目指しています。 コメント・相互リンクはお気軽にどうぞ!

ビートルズ・・・いつも心にビートルズ
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東京ヒルトン

Author:東京ヒルトン
ビートルズが大好きです。
中学生・高校生の頃は、クラスに1人や2人はビートルズのファンがいたものですが、最近は少なくなって、ビートルズのことで雑談できる機会もほとんどなくなりました。
そこでビートルズ談義のできる場を! とこのブログを立ち上げました。
皆さん、よろしくお願いします。

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12月8日 ジョンが亡くなった日

2008/12/08 22:30|ジョン・レノンTB:1CM:6
1980年の12月8日に、ジョンは亡くなりました。

11月29日のジョージの命日もそうだったんですが、私には追悼記事が思うように書けません。

そこで今日は、ポールの言葉を借りて記事にしたいと思います。

「あまりにも身近なことだから、ジョンのことは歌にしないと思っていた。なのに、ふと気がついたらギターを持って曲を作っていた。」

「曲を作ろうと思って座っていると、最初のコードを思いついて、何か書いたような気分になった。その時ちょうど、ジョンのことなどを考えていたんだ。頭の中にそんなことがあった。ジョンの死のすぐ後くらいだった。ジョンについて何かしたいような気になったけど、感傷的な歌詞はよくないって思ったんだ。だってジョンだったら、雲の上から見て嘲笑するだろうから。だから、ジョンがもしここに今日いるなら、ジョンは他人のコメントに対して何て言うだろうと考えながら、歌詞を書き留めることにした。"ジョンはこんな奴だった" "ジョンはあんな奴だった"という歌詞だったら、ジョンは僕を軽蔑するだろうと思ってね。この歌はそういうことなんだ。」

「歌詞に'The night we cried'ってあるけど、あれは僕らがジャクソンビルから南方向へ移動している時の夜なんだ。ジョンと僕は遅くまで起きていて、酒を飲んで語り合ったよ。それでお互いの性格が深く分かった。ビートルズでいるときはそういう時間もあまりなかったけど。そして、僕らは涙で終わった。それだけ僕らは親密だったという思い出があるよ。だから僕らはお互いのことが好きだったんだ。」

「確かに、僕はジョンのために特別な曲を書いた。でも僕はそれが誰かに置き換えられるということがあってもいいと思う。それは誰か他の人のことであるということはあり得るからね。ただ、僕にとってはジョンなんだ。」

「ジョンが死んで、あんな終わり方とどうやって折り合いをつけたらいいのか、悩んでいた。ジョンは'How Do You Sleep?'を書いたりとか、ああいうことをして僕へのあてつけをよくしていたけど、 あの手のことに僕は何の返事もしなかった。でもね、ジョンが亡くなる前に、僕たちはお互いの意見の相違は水に流していて、よく電話でも楽しく話したりしていたんだ。それで'Here Today'で僕の気持ちもジョンに向けて歌ってみることにしたんだ。"君が今ここにいたら、きっとまた、あれやこれはインチキだとか、そんな事を言うんだろう。でも僕たち2人は、本当はそうじゃないってわかっている"ってね。」

「人生には言おうとしていることが中々言えないことってよくあるよね。ほら、時々ね。言う勇気がなかったり、タイミングが悪かったりしてさ。それを言えないまま相手が亡くなってしまうと、とても悲しいと思うんだ。みんなだって"ああ、言っておけばよかったな"とか"僕の気持ちを伝えておきたかったな"と思うことがあるだろ。いつも後になって後悔するだけでね。この曲は、ジョンが亡くなった時に僕が書いた曲で、彼と僕との会話を想像しながら歌詞を作っていった。」


Paul McCartney – Here Today

And if I said I really knew you well
What would your answer be.
(もし僕が君をよく知ってると言ったなら、君は何て答えるだろう)
If you were here today.
(もし今 君がここにいたなら)
Ooh- ooh- ooh- here to - day
(今 ここに).

Well knowing you,
Youd probably laugh and say that we were worlds apart.
(きっと君のことだから、いつものように笑ってこう言うだろうな
僕たちはまるで別世界の人間さって)
If you were here today.
(もし今 君がここにいたなら)
Ooh- ooh- ooh- here to - day.
(今 ここに)

But as for me,
I still remember how it was before.
(でも僕は、昔のことをまだはっきり覚えているよ)
And I am holding back the tears no more.
(溢れる涙を我慢するのは、もうやめたんだ)
Ooh- ooh- ooh- I love you, ooh-
(君が好きだ)

What about the time we met,
(僕らが初めて会った時はどんな風だったかな)
Well I suppose that you could say that we were playing hard to get.
(多分 君ならこう言うだろうね 2人ともがむしゃらにプレイしていたって)
Didnt understand a thing.
(僕たちは何もわかっちゃいなかったけど)
But we could always sing.
(いつだって歌うことはできたんだ)

What about the night we cried,
(一緒に泣いた夜もあったっけ)
Because there wasnt any reason left to keep it all inside.
(だって心に隠しておく理由なんてなかったんだから)
Never understood a word.
(言葉でわからなくても)
But you were always there with a smile.
(君はいつも笑顔でそこにいてくれた)

And if I say I really loved you
(本当に君のことが好きだったんだ)
And was glad you came along.
(君と一緒にやれて嬉しかったよ)

If you were here today.
(もし今 君がここにいたなら)
Ooh- ooh- ooh- for you were in my song.
(いつも君は 僕の歌の中にいる)
Ooh- ooh- ooh- here to - day.
(今 ここに)


2007年6月27日 ロス・アンゼルスのAMOEBA RECORD STOREで行われたライブの中で、ポールは「Here Today」を歌いました。

動画の1分37秒あたり、

What about the time we met,
(僕らが初めて会った時はどんな風だったかな)
Well I suppose that you could say that we were playing hard to get.
(多分 君ならこう言うだろうね 2人ともがむしゃらにプレイしていたって))


の歌詞のあたりから、ポールは涙声になって歌っています。

死から27年経っても、親友が自分のことを思って涙を浮かべてくれる。
なんて強く温かい絆なんでしょう。
私もそういう大切な人を、1人でも多く作りたいと思います。

HERE TODAY - Live in L.A - June, 27th 2007


これはコンピュータのソフトを使って2004年に作られた、64歳のジョンの肖像です。

John Lennon 64 years old

もしジョンが生きていたら、どんな笑顔を私たちに見せてくれるでしょうか。

John Lennon, Forever.
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コメント
中学3年の12月8日でした。ニュースを見て驚いた友人から自宅に電話がかかり、急いでTVのニュースをみて唖然。スターティングオーバー出した後、すぐにこの世から消されてしまったジョン。翌日は学校を早退してしまい、友人の家で2人だけのミニコンサートをしました。

ただこれだけなんですが、15の冬の思い出は忘れません。
昨日、小学生の娘に今日は何の日か教えました。もちろんトラトラトラの話をした後でね。
Taichan #-|2008/12/08(月) 23:43 [ 編集 ]
1980年12月9日、当時、横浜に住んでまして、東京駅のキオスクで…
本当に思い出したくないけど忘れられない記憶ですね!
ジョンの顔・・・というより髪の毛…もっと薄くなってるのでは(笑)
トラックバック入れさせていただきます
John Beatle Lennon #-|2008/12/09(火) 08:17 [ 編集 ]
想像どおりの顔でした。
でも、今年はもう68歳なんですね……
そういえばヨーコさんはうちの母と同い年。76歳だわ。
ジョンの分まで元気で活躍していただきたいものです。

28年前、私は大学3年生でした。
サークルの部室で友達とダベっていたとき
誰かが部屋に飛び込んできて、こう言ったのを覚えてます。
「ジョン・レノンが死んだ。撃たれた」
あの日、何かが確実に終わりました。

12月8日には世界中の人にこの言葉を口にしてほしい。
War is over, if you want it.

GORICO #-|2008/12/09(火) 15:03 [ 編集 ]
1987年の12月8日には、 レーガン米大統領とゴルバチョフソ連共産党書記長が中距離核戦力全廃条約(INF全廃条約)に調印、という出来事もありましたね。
アメリカとソ連の対立構図に変化が起きた、これも歴史的なことだと思います。
東京ヒルトン #MaKh7gFU|2008/12/09(火) 16:39 [ 編集 ]
ジョンの髪はどうでしょうかね。
薄くなるかな~。
家系的にはどうだったんでしょう?
東京ヒルトン #MaKh7gFU|2008/12/09(火) 16:40 [ 編集 ]
64歳のジョンは、私はもう少し頬が痩せてるんじゃないかと思ってます(笑)
ヨーコさんは年齢的にはおばーちゃんなんですよねー。
いやー、若い。
ジョンの死後も軸がぶれないのには感心してます。
東京ヒルトン #MaKh7gFU|2008/12/09(火) 16:43 [ 編集 ]
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東京1980年12月9日12時30分から13時50分頃まで 28年前のこの時間、今でもはっき覚えているのは、14時に東京駅で待ち合わせの為、時間つぶしに東京駅前にある八重洲ブックセンターで立ち読みしていました。 何故、はっきり覚えているのかというと、あの悲劇を知った時、『
A Day In The Life ~ 懐かしき1曲 2008/12/09(火) 08:17
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